『実践!!お役立ち』 

2010年3/17 実践!!お役立ち「行政に働きかけました。茨城県 男性」の欄 続き

求人者が質問してはいけないこと

1.求職者は「お客様」である。
「求職者は『お客様』。」これは、目新しい考え方ではありません。たいていの求人者は、お客様に対して、不必要ならば家族構成や家族の職業を質問しないはずです。ところが、相手が「求職者」となると、この質問を発します。この違いは、どこから来るのでしょうか。
2. 求職者を不愉快にさせる「昭和的価値観」に基づく質問
どうやら昔はそれが「あたりまえ」だったようですが、平成になって22年目です。日本人は、そろそろ古き悪しき「昭和的価値観」から卒業すべきだと思います。
先ほど「求職者は『お客様』である」と申し上げました。これは、とりもなおさず、求職者にも人格権があるということです。換言すれば、求人者の立場を悪用して求職者(お客様)の人権を侵害してはいけないということです。
(事例1) 甲社は、応募者に対し、独自のエントリーシートの記載申告を求めています。それには、家族構成、家族の職業や持ち家か借家かを記載申告する欄が設けられています。これは、求人上問題ではないでしょうか。
(事例2) 私は、ハローワークで求人を出していた株式会社乙の事務職の紹介を受けました。私は、紹介を受けた翌々日に同社を訪問し、同社の社長さんとお会いしました。その際、社長さんから、「借金があるのか?」と質問されました。また、履歴書の裏に家族構成を書くよう求められました。私はその時に「どうしてですか?」と質問しましたが、社長さんは口を濁すばかりで、社長さんから具体的な回答はありませんでした。私は「どうしても必要なのですか?」と再度質問したところ、社長さんは「必要だ」と尊大に回答しました。私は、到底納得がいかず本当に胸糞が悪かったので、その場でお断りし、応募書類をひったくってその場を後にしました。私は、後日管轄地方法務局人権擁護課へ足を運び人権侵害の報告をするとともに、管轄ハローワークへ苦情を申し立てました。こういう求人者がいると、仕事をする気も探す気もなくなります。
(事例1)の場合、エントリーシートを使っているようですが、気をつけなければなりません。独自のエントリーシートを使用している求人者が多いようですが、慣習的に家族構成や家族の職業等の申告が求められる場合が多いようです。しかし、これらの事項は、平成11年労働省告示第141号(以下、「採用選考ガイドライン」とする。)に言うところの「本人に責任のない事項」に該当しますので、労働契約締結如何に関係がある情報とは言えません。すなわち、就職差別に結び付く「身元調査」であり、個人情報の収集として不適切です。管轄のハローワークや職業紹介元に申し出るとよいでしょう。
JIS規格の履歴書には以前家族構成欄がありましたが、平成9年ごろから家族構成の欄を外すようになりました。
(事例2)の相談者のお気持ちは、痛いほどに理解できます。もしかすると、こちらが考えている以上に相談者の方は憤慨しているのかもしれません。さて、この求人者がどのような意図でそのような対応をしたのかわかりませんが、これらの行為は「身元調査」そのものであり、不適切です。
家族構成や同居家族の職業以外にも質問し、申告を求めてはいけない事項を紹介します。
●本籍・出生地に関すること
(注:「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることは、これに該当します)
●家族に関すること(職業、続柄、健康、地位、学歴、収入、資産など)
(注:家族の仕事の有無・職種・勤務先などや家族構成は、これに該当します)
●住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など)
(注:アパートの家賃月額や所在地周辺の状況は、これに該当します)
●生活環境・家庭環境などに関すること
(注:借金の有無やその内容、既婚者か未婚者かは、これに該当します)
(事例3) 私は、ある求人者の事務職の求人に応募しました。応募書類を送った後、求人者から一度お会いしたいとの連絡を受けました。
私は、後日同社に赴きましたが、抜き打ちで作文の試験をやらされました。作文のテーマは、「あなたの尊敬する人物」でした。これは、問題ではないでしょうか。
時々作文の試験を実施する求人者がいますが、テーマやねらいによっては就職差別を誘発させるおそれが考えられます。本件の場合「あなたの尊敬する人物」とのことですが、これは求職者の思想信条を慮るものと考えられますから、求人者の行為として不適切です。
作文の課題を出す場合、採用選考における具体的な必要性や求める職務遂行能力との関連性から殊更に慎重に検討すべきです。
作文の課題として不適切な事項・申告を求めてはいけない事項を紹介します。
●宗教に関すること
●支持政党に関すること
●人生観、生活信条に関すること
●尊敬する人物に関すること
●思想に関すること
●労働組合・学生運動など社会運動に関すること
●購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること
(事例4) 私は、ハローワークを通して営業職の求人に応募しました。求人者を訪問し、代表者と面会したところ、健康診断書の提出を求められました。労働契約締結に至るかどうかわからないのに、他人に健康診断書を見せるのは何だかイヤです。どうしたらいいでしょうか。
求人(求職)の時点で健康診断の実施を求め、又は健康診断書の提出を求めることは、個人情報保護上・プライバシー保護上も違法評価を受ける可能性があり、求人活動として不適切です。合理性や必要性のない血液検査も、同様です。
健康診断書の内容は、高度のプライバシーに該当するものです。それは、求職者であっても何ら変わりません。万が一、自分の健康状態が第三者に知られる場合、抵抗感を覚える方も多いことでしょう。
「人には知られたくないものがある。」これは求職者であっても何ら変わりません。方法の如何を問わず労働契約締結前に健康診断の結果を告知させ、それが遠からず就職差別につながっているとすれば、忌々しきことです。
ところで、事業者は、労働安全衛生法第66条・労働安全衛生規則第43条を根拠に、新たに雇い入れる労働者に対し、新たに雇い入れる際において、厚生労働省令で定める事項について健康診断を実施しなければなりません。求職者に対して健康診断結果を求める求人者は、この規定を曲解しているものと考えられます。しかし、解釈例規(行政の通達)によりますと、
同規則は採用選考時の健康診断について規定したものではなく、また、「雇入時の健康診断」は、常時使用する労働者を雇入れた際における適性配置、入職後の健康管理に資するための健康診断であることから、採用選考時に同規則を根拠として採用可否決定のための健康診断を実施することは適切さを欠くものである。(平成5年5月10日付事務連絡)
と明示されています。
3. 求職者のクレーム方法
では、先ほどの各事例のような対応を受けた場合、どのように対処したらいいのでしょうか。
実は、口頭でのやりとりに終始する場合がほとんどなので、なかなかその立証が難しいのが現状です。ありうるとすれば、
@ その場でメモを取る
A ICレコーダー等でこっそり録音する
B 小型ビデオカメラ等でこっそり録画する
です。ただ、AとBは、やり方によっては信頼関係を破壊しかねないので、慎重さが求められます。なお、自己責任の下で実施してください(サイト提供者及び管理人は行為によって発生した結果責任を負いません。)。
(1) まず、そのような質問が為された場合、その質問の趣旨、すなわちその質問と業務との関連性について問い質してみましょう。
(2) (1)の質問に対する明確な回答がない場合や、あっても業務との関連性がないと判断される場合は、個人情報にあたることを伝え、回答を拒否することを丁重に伝えましょう。
(3) それでもしつこく質問し、又は回答しないことを理由に不採用とすることを告げられた場合は、その場でお断りしてください。その時、応募書類と紹介状の返還を求めてください。
(4) その後、求人情報提供者にクレームしましょう。ハローワーク求人であればその求人を取り扱っているハローワークへ、民間の職業紹介事業者であれば当該事業者へ、新聞広告や折込チラシであれば発行元と都道府県労働局へ、それぞれクレームしましょう。
クレームは、出来れば書面ですることをおすすめします。事実関係が整理できるとともに、記録が残りますので、後々クレーム先が動きやすくなります。なお、メモがあればその写しを、録音物があればその反訳書面(録音媒体を紙に起こして証拠化したもの)を添付するようにしてください。
(5) ハローワーク求人の場合は、各地公共職業安定所長ではなく、都道府県労働局長を通じてクレームすることができます。ただし、その場合は、書面でしてください。
4. 公正採用選考人権啓発推進員制度について
各都道府県労働局では、公正採用選考人権啓発推進員制度を推進しています。同制度は、もともと「同和差別問題」から端を発しています。かつては同和差別を受ける人が多く、その撲滅のために昭和52年(1977年)から「企業内同和問題研修推進員」として設けられた制度です。しかし、同和問題そのものが縮小化され、人々の人権に対する意識が高まってきたこともあり、あらゆる人権問題を取り扱えるよう機能を拡充するために平成9年(1997年)から「公正採用選考人権啓発推進員」制度に変更されました。
各都道府県労働局によって選任対象事業所の範囲は区々ですが、一例を申し上げます。
愛知労働局:常時使用する従業員の数が30人以上の事業所及び職業紹介事業・派遣事業を行う事業所。
大阪労働局(大阪府):常時使用する従業員数が25人以上の事業所及びそれ以外で公共職業安定所長(大阪府知事)が適当と認める事業所。
兵庫労働局:常時使用する従業員の数が50人以上である事業所及び 常時使用する従業員の数が50人未満で、就職差別事件又はこれに類する事象を惹起した事業所。
大分労働局:常時使用する従業員の数が30人以上である事業所及び常時使用する従業員の数が30人未満であって、就職差別事件又はこれに類する事象を惹起した事業所等。
ちなみに、茨城労働局では、常時30人以上の従業員を使用している事業所等を選任対象としています。
求人表等を見て、条件を満たしていると思われる場合で、採用面接の際にかような質問を受けた場合は、選任の有無を質問してみるといいでしょう。
なお、同制度に関するお問い合わせは、お近くの公共職業安定所(ハローワーク)又は都道府県労働局職業安定部門へお願いします。
5.さいごに−求職者は求人者に対する「時間投資家」であり、「会社のファン」である。
これらの質問をする求人者は勉強不足であることが多いのですが、求職者がこのような応対の悪い求人者と取引するはずがありません。言い換えれば、このような行為に及んでいるうちは、優秀な人材と労働契約を結ぶことは不可能です。
株式会社リンクアンドモチベーション代表の小笹芳央様は、ご自身の著書『会社の品格』(平成19年:2007年)において、社員(従業員)は会社に対する最大の投資家にして、時間投資家であるとおっしゃっています。私は、このことは求職者であってもあてはまると思います。このような行為は、求職者の心を傷つけ、その求職意欲・就労意欲を喪失させています。また、それは、その「時間投資家」が求人者に対して提供している資源(時間)を無駄遣いさせているのです。
また、求職者は、現在と未来の「会社のファン」です。最初に「求職者は『お客様』である。」と申し上げましたが、まさにこの考え方を指し示しています。このような行為は、現在と未来の会社のファンを失わせることにつながります。求職者との向き合い方は新たな会社のファンやお客様発掘につながりますが、不躾な応対をされていい気分でお帰りになるお客様はいません。
今回のお話が皆様方にとって利益あるものになることを心より願っています。

(参照元一覧)
大阪労働局 http://www.osaka-rodo.go.jp/jigyo/onegai/kosei/kensin.html
日本IDDMネットワークhttp://www5.ocn.ne.jp/~i-net/20021130kenkousindan.html
愛知労働局 http://www2.aichi-rodo.go.jp/headlines/koyou/kouseionegai/onegai.html
兵庫労働局
http://www.hyougo-roudoukyoku.go.jp/entrepreneur/jinkenkeigatusuisinseido.html


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