『陳述書』

E-5

（５）平成11年２月（2/1～2/20）
　ＹＯ（長男）の車が自分のお金で手に入った、ということが勇士には、とても嬉しかったようで、２月には、車の話題も多くなりました。ＹＯが�お前のおかげだ�とことあるごとに言ってくれるのも嬉しかったようです。
　２月８日（月）に勇士から電話がありました。その中で、�おかあさんも何か買いたい物はない？　貸してあげるよ�と聞いてきました。
　勇士のげっそり痩せた顔が浮かびました。一生懸命努力して貯めたお金だから借りてあげようと思いました。
　さし当たって思い浮かぶ物は、私が仕事で使うパソコンです。いいものがあれば買い換えてもいいなと思いました。
　�お母さんも借りようかな�と申し込むと、勇士は穏やかな笑いを含んだ声で�いいよ�と言いました。
　�今度東京に来る時（２月18日から２月20日）に返すからね�と言うと、勇士は�そんなに早くなくてもいい��あげてもいいんだ�と言いました。最後の言葉は、冗談だろうと思いました。
　�無担保、無利子、無期限なんて勇ちゃんだけだよ�と言うと�うん、うん�とちょっと得意そうでした。
　そこで、早速、秋葉原に行きました。しかし、値段も岩手の量販店とさほど変わらないように思いましたし、郵送してもらうこと等も考えると気乗りしませんでした。結局、用立ててもらったお金は使いませんでした。約束の日、そのまま返しました。

　勇士は２月18日の夜勤明けのまま東京の実家へ来て、２月20日（土）までいました。
　２月18日（木）、勇士は、家に着くなり玄関先で、両手を広げて斜め上にあげました。そして、�おかあさん、１ヶ月寂しかったでしょ�と言いました。私は、寂しいのは勇士の方だろうと思いました。電話での事もあったし、思い切り抱きしめてあげました。私は背が低いので勇士の腰の辺りに巻き付いた形です。勇士は上から覆い被さるようにしてじっとしていました。冬でも薄着の子でしたから、服の上から骨張ったのが分かってかわいそうでした。
　勇士は、荷物を置くと横になって目を閉じました。１度、頭をなでてあげると目を開けてしまったので、後は触れないでおきました。
　夜になって天ぷらを揚げていると真後ろに立っていました。勇士は�においも味も分からないけど、あっついとか冷たいは分かる�と言っていました。
　冬休み当初や引っ越し後と違って、静かなものの言い方でした。
　仕事については、勇士は、�疲れてキーボードがかすむ��疲れて簡単な単語を何度も打ち間違える�と訴えていました。

　２月19日（金）、勇士は一日中、家で過ごしました。近くに出来た新しい店に誘ってみましたが、�ウチがいい�ということでした。そして、部屋のベランダに立って窓をじっと見ているので、�何が見えるの�と聞くと窓際にある大きな木に芽が着いていると言いました。
　まだ２月で芽も固く、近視の私には枝との区別もはっきりしませんでした。

　この日は一日中何となく勇士はそばに寄ってきていた、ということが多かったように思いました。学習する姿も見なかったように思います。勇士は、夜、ぽつんと、�理科の簡単な問題が解けないようになってしまった�と言いました。湯上がりに乗った体重計を見ると、勇士の体重は52キログラムでした。痩せたのは分かっていましたが、入社時には65キログラムが52キロまで減ったことを、はっきり数字で見たときはショックで声も出ませんでした。
　勇士はそういう私を見て�もう辞めてくるから�と言いました。�ニコンにいると調子がどんどんおかしくなる。次の履歴書には都立大中退は書かないようにする�とぼそっと言いました。

　その晩、52という具体的な数字で、私は頭が冴えてしまいました。何度も目が覚めました。すぐそばに有る勇士の手が布団から出ているので、中に入れてあげようと手に触れると、勇士は目を開きました。４～５歳の頃にしていたように、私の手を両手で包んで、自分の頬にあてて目を閉じました。痩せた23歳の顔が、豆電球の下であまりにも弱弱しく小さくなったように見えて、泣き声を我慢するのにとても苦労しました。
　あまりに健康状態が良くないので、私は、勇士に、野菜をとるように勧め、本人もなんとか野菜を取れるような生活をしようと言っていました。

　２月20日（土）、勇士は、�正月にどこも行かなかったから、今日は映画に連れて行ってあげる�と言いました。朝早くコンビニで映画ガイドを買って来ました。見に行った映画のタイトルは、トルーマン・ショーといいました。行った映画館は新宿東口の紀伊国屋の裏側に面していました。
　土曜日の新宿ですから人混みは半端ではなく、映画は立ち見でした。３時間あまりの立ち見で、私と勇士は立ったり座ったりして見ました。途中から、明かりを通して見える勇士は、無表情に思えましたが立ち見で疲れたのかと思いました。
　この映画の後、感想やら話しながら新宿アルタ前の交差点までやってきました。母が話す言葉に、本人は�うん�とだけ答えるのみでした。今まで話していた勇士の声が応答しなくなったので、後ろの勇士を見上げると、今にも泣き出しそうな本当に苦しそうな顔でした。何が起こったのかと心底びっくりしました。
　�勇ちゃん�と呼びかけると下の私を見ていつもの優しい表情をしました。あんまり違う表情なので後々まで気になりました。強烈な印象でした。その後は、新宿駅からそれぞれの方向で電車に乗りました。勇士は熊谷に帰りました。

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