『判決』


争点5(過失相殺・素因減額)について

(1)

過失相殺について
 

 被告ネクスターは、自殺は、通常本人の自由意思に基づいてなされるものであり、本件では、客観的に見て、亡勇士と同様の立場におかれた者の全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものとはいえず、過失として斟酌されるべき事情が存すると主張する。
 

 前記認定によれば、亡勇士が自殺に至った経緯については、昼夜交替勤務を開始してから15日間連続のソフト検査実習までに前記2で認定した通常以上の身体的・精神的負担のある業務に従事し続けたことにより、強い心理的負担におそわれ、精神障害の兆候とも見られる睡眠障害、疲労感、味覚鈍麻、嗅覚鈍麻、摂食量の低下、体重減少等が生じ、その後、15日間連続の過度の時間外労働・休日労働を伴った心理的負荷の高いソフト検査実習を行い、その後亡勇士は自殺を誘発させるに足りるうつ病に陥り、自殺に至ったと認められる。
 しかし、本件証拠上、亡勇士は、前記睡眠障害、疲労感、味覚鈍麻、嗅覚鈍麻、摂食量の低下等の症状を主に原告にのみ訴えるだけで、被告ネクスターないし被告ニコンに対して前記症状等について何らかの訴えをしたとは認められない。また、本件証拠上、亡勇士は、前記認定の健康診断を受診した以外に、前記症状について、自ら医療機関で診察・治療を受けていたとは認められない。
 

 そして、亡勇士が本件製作所においては外部からの就労者であることからすると、亡勇士が、被告ニコンに対し、直接、前記症状を訴え、業務調整を願い出ることが難しかったということは想像に難くないが、被告ネクスターに対しては、前記認定のとおり、同社の担当者と週1回程度面談をしていたのであるから、前記症状を訴え、配置転換を含めた業務調整等を願い出ることは困難であったとはいえない。
 また、亡勇士が、前記症状の診察・治療のために、本件製作所内の診療所を利用することは前記のとおり困難であったとしても、外部の医療機関において前記症状について診察・治療を受けることは可能であったと思われる。
 

 以上によれば、亡勇士は、うつ病に罹患するまでに、被告ネクスターに対し、前記症状を訴え、業務調整等を願い出ることは可能であり、また、前記症状について、外部の医療機関において診察・治療を受けることは可能であったにもかかわらず、いずれも行っていなかったことが認められる。
 もっとも、これらの事情には、亡勇士が前記措置をとっていれば、被告らにおいて予見可能性及び結果回避可能性が増加したであろう事情というべきであって、前記のとおり、亡勇士が、被告ニコンに対し、直接訴え、願い出ることが難しかったと思われることや、被告ネクスターと被告ニコンの間の連携といっても、さほど期待できないこと(亡勇士の退職申出に関する取扱いに見られるとおり)を考慮すると、過失相殺事由として取り上げるには疑問があり、前記被告ネクスターの主張は採用できない。

(2)

素因減額について
 

 被告ネクスターは、自殺は、通常本人の自由意思に基づいてなされるものであり、本件では、客観的に見て、亡勇士と同様の立場におかれた者の全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものとはいえず、素因減額的要素となり得る個体的要因(父母の離婚、執着気質、父親の影響等)が存すると主張する。
 

 確かに、本件労働省通達において心理的負荷による精神障害等にかかる業務上外の判断において考慮すべきとする検討すべき個体的要因として、既往歴(精神障害)、生活史(社会適応状況・過去の学校生活、職業生活、家庭生活等における適応に困難が認められる場合)、アルコール等依存状況、性格傾向(性格特徴上の偏り)を挙げており、また、V医師及びW医師もその各意見書において同趣旨の意見を述べている。
 そして、亡勇士の生活史においては、前記認定によれば、亡勇士は東京都内を6回転居し、それに伴い小学校も転校しており、亡勇士の父親であるAには放浪癖があって、家庭にいることが少なく、また、亡勇士が中学3年生の時に、Aのギャンブル癖等が原因で原告とAが離婚しており、亡勇士はその離婚時期に悩み顔を見せていたことが認められる。
 また、亡勇士の性格傾向については、前記のとおり、亡勇士は、真面目、物静か、こつこつタイプであり、気分障害(精神障害)の原因といわれ、うつ病親和性があるとされる執着性格が認められる。そして、これらの個体的要因がうつ病発症の背景となっていることは無視できない(もっとも、前記認定によれば、亡勇士は中学時代は学業成績上問題がなく、かつ、生徒会長を務めるなどリーダー的な存在であり、その後、進学した高等専門学校及び大学では優秀な成績を収めていたことが認められ、本件証拠上、前記認定の亡勇士のうつ病罹患に直接関連すると思われるほどの事情は認められない。)。
 しかし、業務の負担が過重であることを原因として労働者の心身に生じた損害の発生又は拡大に労働者の性格等が寄与した場合において、その性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでないときには、損害額を算定する際に、その性格等を民法722条2項の類推適用により労働者の心因的要因として斟酌すべきはない(最高裁平成10年(オ)第217号、第218号同12年3月24日第二小法廷判決民集54巻3号1155頁参照)ところ、前記亡勇士の性格等が本件制作所におけるステッパー検査に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れているとは認めるに足りる証拠はない。
 

 以上によれば、前記素因減額についての被告ネクスターの主張をそのまま採用することはできない。

(3)

もっとも、本件においては、亡勇士の自殺の原因については、以下の諸事情を考慮する必要がある。
 

 前記認定説示のとおり、亡勇士の自殺の原因の主要な部分は、業務の過重性に基づくうつ病にあるというべきである。
 

 他方、前記認定説示のとおり、揚一ないし原告への金員の貸与による預金の一時的喪失については、自殺の直接の原因となる事実とまでは認めるに足りないものの、一定程度の精神的負担になっていたことは否定できない。
 

 また、本件に固有の事情として、亡勇士は、退職申出に対する被告らからの回答を待つだけの精神的余裕もないほど悲観的になったものと推定されるところ、その要因の一つは、退職が先に延ばされてしまうと、資格試験の準備に間に合わないという焦りがあったのではないかと考えられる。
 

 さらに、本件においては、うつ病の発症から自殺までは比較的短期間であり、この点は、結果回避可能性が必ずしも多くなかったことを示すものといえる。

(4)

 本件の場合、被告らにおいては、亡勇士の健康状態の悪化に気付かず、また、原告も、亡勇士の身近におらず、事態の深刻さに思い至らないうちに、亡勇士が自ら死を選んだことは、まことに不運な出来事であるところ、以上の諸事情を総合して判断すると、亡勇士の損害につき、公平の見地から、3割の減額をし、7割の限度で認容するのが相当である。

争点6(共同相続人が行使し得る請求権)について

(1)

 原告は、損害賠償請求権のような存否・金額について争いが多い債権については、証拠が散逸する前に債務者に対する債権の存否・金額について確定する必要があるところ、遺産分割協議が整うまで待つには時間がかかりすぎて不合理であること及び一人の債権者が、債務者から全額の給付を受けたとしても、その後に、債権者内部で清算すれば足りることに照らせば、相続人が複数いる場合の損害賠償債権は不可分として、損害賠償請求権の行使は、共同相続人のうち一人が単独で損害額全額の請求をすることができると解することができる、仮に、前記損害賠償債権を可分と解したとしても、亡勇士の父親は行方不明であるので、保存行為(民法252条ただし書)として、原告が単独で行使し得ると主張する。
 しかし、前記前提事実のとおり、亡勇士は原告とAの子であるから、亡勇士の相続人は原告とAと認められ、原告は、亡勇士の有する損害賠償債権の2分の1を相続したといえるので、原告はその限度で被告らに対し前記損害賠償債権を行使できると解するのが相当であって、前記原告の主張はいずれも採用できない。

(2)

 以上によれば、本件における亡勇士の損害は4525万8942円(6465万5632円を前記6にしたがって3割減額したもの。)及びそれに対する亡勇士の自殺時である平成11年3月5日からの年5分の遅延損害金であり、そのうち原告が被告らに請求し得るのは、その2分の1である2262万9471円及びそれに対する亡勇士の自殺時である平成11年3月5日からの年5分の遅延損害金である。
 そして、弁護士費用については、本件の事案の内容、審理の経過及び前記認容損害額等に照らすと、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、226万円と認めるのが相当である。

(3)

  したがって、原告が被告らに請求し得る損害賠償額は、2488万9471円及びそれに対する平成11年3月5日からの年5分の遅延損害金である。

 

第4

結論
 以上の次第で、原告の請求は、2488万9471円及びそれに対する平成11年3月5日から支払済みまで年5分の割合の金員の支払の限度で理由があるので、これを認容し、その余の請求については理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第27部

裁判長裁判官

芝田 俊文
裁判官

小田 真治
裁判官

蛭川 明彦

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