『判決』



 また、被告ニコンは、亡勇士がうつ病に罹患し、それによって自殺したことを予見し得るには、うつ病を発症し得るに足りる業務上の著しい強度の心理的負荷があることを認識しているだけでは足りず、安全配慮義務違反の前提としては、当該労働者の健康状態が悪化していることを認識しつつ、すなわち、当該労働者がうつ病に罹患し、衝動的、突発的に自殺することを予見しながら、当該労働者の負担を軽減させるための措置をとらなかったという結果回避義務違反が必要であるところ、本件では、被告ニコンにおいて亡勇士の健康状態の悪化が認識されていない旨主張する。
 しかし、労働者が死亡している事案において、使用者側が労働者の健康状態の悪化を認識していない場合、気付かなかったから予見できないとは直ちにいえないのであって、死亡について業務起因性が認められる以上、労働者の健康状態の悪化を認識していたか、あるいは、それを認識していなかった(認識していた事実が証拠上的確に認められない。)としても、その健康状態の悪化を容易に認識し得たような場合には、結果の予見可能性を肯定してよいと解するのが相当である。
 本件では、前記認定のとおり、亡勇士が自殺に至るまでに原告が認識していたような疲労感、体重減少に伴う痩せや顔色の悪さという症状は生じており、また、15日間連続勤務に伴う疲労が蓄積し、その後の2交替勤務を継続することが困難なほどの状況にあったというのであるから、そのような健康状態を容易に認識することは可能であったということができる。よって、前記被告ニコンの主張は採用できない。

(2)

被告ネクスターの安全配慮義務違反ないし不法行為責任について
 

 
 
(ア)
 前提事実のとおり、亡勇士は、人材派遣あるいは業務請負等の契約形態の評価は別として、被告ネクスターの社員として被告ニコンの本件製作所において勤務していたこと、被告ネクスターは、被告ニコンから、自社の社員である亡勇士の就労状況について月ごとに報告を受けてこれを把握していたこと、被告ネクスター熊谷営業所の担当者が、週に1回程度、亡勇士と面談していること等に照らすと、その業務による疲労や心理的負担等が過度に蓄積して亡勇士の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負担していたということができ、本件証拠上、その義務を履行するに当たって支障があったとは認められない。
 
(イ)
 被告ネクスターは、被告ニコンと同様に、前記通常以上の身体的・精神的負荷が亡勇士にあったと考えられる(1)ないし(5)の事実については認識し((1)ないし(3)の事実については事後的に認識しており、また、(6)の事実については認識し得る。)、亡勇士がうつ病に罹患した後に、亡勇士に対し、カウンセリングを行い、休養を取らせるとか、業務を取らせるとか、業務を軽減するように被告ニコンに要請するなどの措置を講ずることは可能であったといえる。
にもかかわらず、前記認定のとおり、被告ネクスターは、亡勇士の健康診断の費用は負担するものの、亡勇士の労働時間の管理については、月末に被告ニコンからの労働時間の報告を受けて初めて当月の亡勇士の労働時間を把握しており、被告ニコンの派遣元会社・請負会社に対する窓口業務担当者と打合せをし、週に1回程度、亡勇士と面談しているだけにすぎなかったのであるから、前記安全配慮義務を怠ったといえる。
 
(ウ)
 また、前記のとおり、被告ネクスターのEは、平成11年2月23日及び24日に、亡勇士から退職の申出を受けたにもかかわらず、被告ニコンにこれを伝えたのは同年3月3日であり、また、その後も、亡勇士との面談ができず、亡勇士の死亡の事実を知ったのが同月10日であったこと等、その対応のまずさが指摘されなければならない。
よって、被告ネクスターも、亡勇士に対し、その安全配慮義務違反に基づく責任を負い、さらに、不法行為責任を負うものである。
イ 被告ネクスターは、亡勇士は、被告ネクスターに対し、精神身体の不調や業務の過重性を訴えたことはなく、また、亡勇士には、自殺以前にうつ病等の精神障害に罹患していたことを伺わせる言動等における異常な兆候はなく、さらに、原告の執着気質によるストレス脆弱性により一般人であれば精神障害を発病せしめない程度の心理的負荷によってうつ病を発病させたとすれば、被告ネクスターは亡勇士の自殺を予見することは不可能であったと主張する。
 しかし、前記認定のとおり、亡勇士の業務は精神障害を発病させるおそれがある強い心理的負担があったと評価できる。
 そして、前記被告ニコンの責任について説示したとおり、労働者の健康状態の悪化を認識していたか、あるいは、それを認識していなかった(認識していた事実が証拠上的確に認められない。)としても、その健康状態の悪化を容易に認識し得たような場合には、結果の予見可能性を肯定してよいと解するのが相当であり、このことは、実際に労働者が業務を行っていた被告ニコンと、そこへ労働者を送り出し、就労状況の報告を受け、かつ、定期的に労働者と面談をしていた雇用主である被告ネクスターとで異ならないといえる。
 本件では、前記認定のとおり、亡勇士が自殺に至るまでに原告が認識していたような疲労感、体重減少に伴う痩せや顔色の悪さという症状は生じており、被告ネクスター従業員のEは、亡勇士の上記症状を認識していた(E証言)うえ、亡勇士から直接退職の申出を受けていたのであるから、健康状態の悪化を容易に認識することは可能であったということができる。よって、前記被告ネクスターの主張は採用できない。

(3)

被告ニコンと被告ネクスターの責任の関係
 以上のとおり、被告ニコンと被告ネクスターは、亡勇士に対し、それぞれ安全配慮義務違反に基づく責任及び不法行為に基づく責任を負うものであり、両者の安全配慮義務違反ないし不法行為と、亡勇士がうつ病に罹患し、自殺を図ったこととの相当因果関係が認められるので、被告らは、連帯して亡勇士に対し、損害賠償責任を負担すると解するのが相当である。

争点4(損害)について

(1)

葬儀関係費用 41万4985円
 原告らは、葬儀関係費用としての損害として120万円を主張するが、丙16号証によれば、亡勇士の葬儀に関し、霊柩車業務代1万8270円、寝台車両金1万3965円、葬儀費用37万2750円及び火葬場に関する費用1万円の合計41万4985円を要したと認められ、葬儀関係費用としての損害は上記金額とするのが相当である。

(2)

逸失利益 4424万0647円
 

亡勇士は、自殺当時、23歳の独身男性であり、就労可能年数は、67歳までの44年間とするのが相当である。そして、前記認定事実のとおり、亡勇士は高等専門学校を卒業後、大学に編入したが、大学4年生の秋に退学していること及び自殺時の亡勇士の年齢に照らせば、亡勇士の逸失利益における基礎年収は、原告が主張する大卒における賃金センサスや被告ニコンが主張する自殺直前の収入ではなく、自殺時である平成11年の賃金センサス第1巻第1表産業計・企業規模計・男性労働者・高専・短大卒・全年齢平均賃金500万9500円とし、生活費控除率を50%とし、昼間利息5%〔原告は昼間利息を年2%とすべきと主張するが前記認定のとおり年5%とするのが相当である(東京高裁平成12年9月13日判決・東京高裁平成12年11月8日判決参照。)。〕を控除(44年のライプニッツ係数17.6627)すると、次の計算式のとおり(小数点以下切捨て)、4424万0647円となる。
500万9500円×(1−0.5)×17.6627=4424万0647円

(3)

死亡慰謝料
 前記亡勇士が自殺に至った経緯(留学を夢見て被告ネクスターに入社したにもかかわらず、前記のような過度の心理的負担を有する業務を行った結果、うつ病に罹患して自殺するに至った。)、その他本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、亡勇士の自殺による精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、上記金額が相当である。

(4)

合計 6465万5632円
 なお、弁護士費用については、本件の事案の内容、審理の経過及び認容損害額等に基づき判断すべきであり、認容損害額が明らかになる争点5において判断する。

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