第1章 |
要旨 |
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事案の概要
原告の次男である上段勇士(以下「勇士」という)は、平成9年10月27日に被告株式会社アテスト(旧ネクスター。なお、本準備書面においては勇士在籍当時の商号である「被告ネクスター」という)に就職し、被告ニコンの熊谷工場において、派遣社員として勤務し、ステッパーの検査業務に従事していたところ、過重な労働による過労のため、うつ病を発症し、平成11年3月5日ころ自殺した。
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勇士の業務及び雇用形態 |
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勇士は、平成9年12月15日から平成11年2月25日まで、原則として、昼夜二交替勤務(昼勤8:30〜19:30 夜勤20:30〜7:30)という勤務形態にて、クリーンルーム内において、ステッパーの検査業務に従事していた。
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勇士は、被告ネクスターと雇用契約を締結していたが、被告ニコンの熊谷製作所にて、被告ニコンのステッパーの検査に従事していた。被告ネクスターの監督者が現場に不在なことからも明らかなように勇士は被告ニコンの指揮命令に従っており、かつ被告ネクスターは作業の完成について責任を負っておらず、職業安定法施行規則第4条に定める要件を満たしていないことから、勇士の勤務は請負ではなく、その実質は派遣労働であった。
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業務の過重性 |
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勇士の従事したステッパーの検査業務は、被告ニコンが検査員を募集するにあたり大学もしくは高等工業専門学校等で工学、電気・電子工学、情報処理技術等を専攻した者に限定していたことから明らかなように、高度で専門的であった。また、厳しい納期が課されており(乙9、8頁)、納期に間に合わせるために短期間に無理をして作業を完成させなければならなかった。
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夜勤・二交替制勤務は生体リズムに反することから、かかる勤務により、労働者の諸生理機能の乱れは日常的に反復され、睡眠の質・量が低下して睡眠不足になり、疲労蓄積が進み、慢性疲労状態を形成する。このことは、産業衛生学会作成の「夜勤・交代勤務に関する意見書」(甲84)を初めとして多くの文献・裁判例(甲51、甲64、甲70、甲107、甲108の4。大阪高判平成6年3月18日判決、東京高判平成3年5月27日判決、名古屋高判平成14年4月25日、東京高判昭和54年7月9日、東京地判平成15年4月30日、津地判平成12年8月17日)で明らかとなっている。このような夜勤・二交替制勤務に労働者を従事させる場合には、少なくとも産業衛生学会の意見書(甲84)で示されている基準を遵守すべきである。しかし、被告らは、産業衛生学会の意見書で示されている基準を幾重にも違反した夜勤・二交替制勤務に勇士を従事させた。
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クリーンルームは、空気の清浄度を保つため外界から隔絶された閉鎖環境であり、全身を密閉するクリーンウェア・マスク・手袋を着用しなければならず、休憩・食事・用便等の日常生活的生理的要求についても厳しい制限がある労働環境であり、閉鎖圧迫感、ウエアの不便さ、立ち作業の多さにより、疲労を蓄積しやすく、精神疾患を引き起こしやすいものであった(甲70、甲113)。
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シフトの頻繁な変更による不規則勤務、海外出張を含む出張での長時間労働、外部労働者としての不安定な地位によるリストラへの不安、新型開発機のソフト検査のための15日間連続の長時間勤務及びその後の深夜勤務は、いずれも勇士に肉体的・精神的負荷を与えるものであった。
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このように、勇士の従事した業務に関して、(1)ステッパーの検査業務は専門的かつ厳しい納期があった、(2)反生理的な二交替制勤務であるにもかかわらず、産業衛生学会の基準を幾重にも逸脱していた、(3)閉鎖的で特殊な環境であるクリーンルーム内の作業であった。このような過重な業務に従事することにより、勇士には疲労が蓄積して慢性疲労状態となった。
さらに、そのような慢性疲労状態の上に、(4)シフトの頻繁な変更(13回)により不規則な勤務であったこと、(5)長期間の出張があったこと、(6)大規模なリストラがなされ解雇への不安を抱いたこと、(7)15日間連続して長時間勤務に従事したこと等の事由により、一層疲労が蓄積することになった。
以上のとおり、勇士の業務は過重なものであった。
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うつ病の発症及び自殺 |
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第3で述べた過重な業務に従事した結果、勇士は、平成10年11月の時点で「軽症うつ病エピソード」を発症した。
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勇士は、平成11年1月、被告ネクスターの要請により急遽、劣悪な住環境のアパートに引越し、また15日間連続の長時間勤務に従事した。これにより、軽症うつ病に陥っていた勇士のうつ病エピソードは増悪し、平成11年2月中旬には「中等症うつ病エピソード」に陥った(甲60)。
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勇士は、過重な業務から解放される最後の逃げ道として被告ネクスターに退職を申し出たが、受け入れられず、最後の逃げ道も塞がれることになったためにうつ病が一層悪化し、平成11年3月5日(推定)に自殺した。
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因果関係
勇士の業務が上記のとおり過重なものであったことや、うつ病の発症経緯(本準備書面末尾に添付の別紙1参照)及び医学的知見(例えば、「精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する調査」(甲108の2)は「交代勤務に従事した年数がうつ病発症の危険率を高めることは明らかとなった」としている)に照らせば、業務と勇士のうつ病発症及び自殺との間には相当因果関係が認められる。
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安全配慮義務 |
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使用者が、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負うことは確立した判例である(最判平成12年3月24日)。 |
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被告らはかかる安全配慮義務を負っているにもかかわらず、勇士について主に以下のような重大な安全配慮義務違反がある。 |
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(1)
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夜勤・交替制勤務に就く労働者が勤務時間・夜勤回数等において業務が過重にならないように使用者は注意すべきであるのにもかかわらず、産業衛生学会の基準に違反した夜勤・交替勤務に従事させた。 |
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(2)
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夜勤・交替制勤務に就くことのある労働者には健康状態に十分配慮し、不規則勤務により身体の変調をきたすことがないように注意すべきであるのに、シフトを頻繁に変更して不規則勤務に従事させ、休息・休日を確保すべきであるにもかかわらず15日間連続の長時間勤務に従事させ、負荷が高い海外出張を含む長期の出張・高度なソフト検査・劣悪な環境への突然の引越しを命じた。
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(3)
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人体に有害で劣悪なクリーンルーム内での労働条件を改善すべきであるのにこれを怠った。 |
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(4)
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実質は派遣にもかかわらず請負形式という脱法行為を行い、派遣労働者に対しての最低限の派遣労働者事業法に定める義務すら履行せず、勇士の労働条件を不安定で劣悪なものとした。
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(5)
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労働安全衛生法に定める法定健康診断を実施して、労働者の健康状態を把握すべきであるのにこれを怠った。 |
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(6)
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勇士が無断欠勤・退職申出をした際には、メンタルヘルスの観点から異常を察知し、適切な対処をすべきであったにもかかわらず、2週間も何らの措置もとらなかった。
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結論
よって、勇士が自殺をしたのは、被告らにおける業務が著しく過重であったためにうつ病を発症したことによるものであり、それらの間には相当因果関係が存在し、かつ被告らには安全配慮義務違反が認められるから、被告らは、債務不履行責任及び不法行為に基づく損害賠償として、勇士の死亡によって生じた損害金1億4455万5294円を原告に対して連帯して賠償すべき責任がある。
なお、「交替」「交代」は同じ意味であるが、本準備書面では引用部分以外は「交替」と統一的に用いる。また、証人尋問及び本人尋問の速記録を証拠として引用する場合は、「(証人名)証言速記録」と記載するものとし、尋問が2回に分かれて実施されたものについては、最初の尋問の速記禄を「(証人名)証言速記録(1)」、第2回目の尋問の速記録を「(証人名)証言速記録(2)」というものとする。 |