『原告最終準備書面』


第2章 当事者
第1
勇士
経歴・家族
 勇士は原告の次男として、昭和50年11月19日に生まれた(甲2)。兄弟は長男の揚一、三男の寧実であり、3人男兄弟であった。勇士が15歳の時に、両親は離婚した。学歴及び職歴は次のとおりである。

昭和62年3月 足立区立K小学校卒
平成3年3月 足立区立L中学校卒
平成3年4月 東京都立航空工業高等専門学校入学
平成8年3月 同校卒
平成8年4月 東京都立大学工学部電気工学科編入学
平成9年9月30日 同校中退
平成9年10月27日 被告ネクスター入社 被告ニコン熊谷製作所にて勤務


 勇士は東京都立大学を中退しているが、その理由は、勇士が「工学部で教える内容のレベルが低く、図書館に行っても文学の本が主流であり、勉強して無理して卒業しても意味がない。将来、アメリカに留学して勉強する。」と考えたことによる(原告陳述書(甲61)、3頁))。


性格・能力   
 
(1)
 勇士は、まじめな性格であり、信頼されていると感じると期待にこたえようと精一杯努力するタイプであり、何事も仕上げは丁寧で立派で、理科系の学習が心底好きであった(甲61、3頁)。
 中学時代の通知表(甲55)にも「どの教科もまじめに取り組み」「思いやりがあるので人望が厚い。」「あらゆることにできるかぎり努力をしている」「多忙のなか『いや』と言わずたくさんの仕事を引受け」「真面目に取り組む姿に心を打たれる。」と記載されている。
 関係者も勇士の性格について、次のように述べている。
 「勇士君は、わがまままを言わない素直な人でした。勇士君は、頼んだことは即座に、二つ返事でやってくれる人だったので、私は勇士君に非常に好印象を持っていました。」(E陳述書(甲73)、1頁)
 「基本的に優秀でまじめな性格」(Xメモ(丙13)、2頁)
 また、責任感も強く、被告ニコンの従業員G(以下「G証人」という)も「彼は責任感が非常にありますんで、その辺が責任を最後まで果たして帰宅したという意味です。」と証言している(G証言速記録39頁)。
 
(2)
 勇士は学業面、仕事面でも優秀であった。
 学業面では、足立区立L中学校時代の成績(5段階評価)は英語が3である以外は4及び5のみであった。東京都立航空工業高等専門学校時代の成績は、79科目中72科目が「優」であり、7科目が「良」であり優秀な成績であった。東京都立大学時代においても12科目のうち8科目が「優」であり優秀な成績であった。
 仕事面でも勇士の優秀さは高く評価されており、多くの関係者が下記の通り述べている。
 「上段さんも優秀な方でしたから、マニュアルに書かれていたことは大体覚えていたと思います。」(G陳述書(乙60)、2頁)
 「勇士君は、非常に真面目で、能力が高く、機械関係に詳しかったです。ニコンのNさんも『勇士君は高い能力を持っている。社員以上の力を持っている。』と言っていました。」(E陳述書(甲73)、1頁)
 「上段さんの働きぶりは大変まじめで、ステッパーの一般検査に関する知識も豊富のようでした」(H陳述書(乙55)、1頁)   
 
(3)
 以上のとおり、勇士は真面目・几帳面な性格であり、責任感も強く、学業面・仕事面でも優秀であった。

健康状態・既往歴
 勇士の健康状態は、被告ネクスターに就職するまでは非常に健康であった(原告陳述書(甲61)、2頁)。中学時代の通知書(甲55)によると保健体育の成績は1年生の1学期を除いて全て「5」であり、東京都の体育優良生徒として表彰を受けている。健康診断においても、被告ネクスター就職前(平成8年5月11日)及び就職直後(平成9年12月8日)の健康状態の所見に異常はないことが健康診断書(甲13、丙3の1)に記載されている。
 勇士には精神疾患による受診歴もない(甲96、7頁)。
 勇士は筋肉トレーニングすることが好きであり、頑丈な体つきをしており(原告陳述書(甲61)、4頁)、高校・大学時代は、体力作りを欠かさずに行っていた(丙27、3-4頁)。
 このように、被告ネクスターに入社する前の勇士の健康状態は極めて良好であった。   


第2
被告ニコン
会社の概要
 被告ニコンは、カメラなどの光学機械器具、理研機械器具、半導体製造装置等の製造・販売を業とする株式会社である。被告ニコンの売上高は連結3718億円、単独3086億400万円(うち半導体関連機器が50.8%を占め、カメラは33.9%を占めるにすぎない)、従業員数は連結11946人、単独6675人(2000年3月末現在)であり、大井製作所、横浜製作所、相模原製作所、熊谷製作所、大阪事務所を有する(乙10)。

熊谷製作所の概要
 被告ニコンの熊谷製作所は、ステッパー(半導体製造用逐次移動露光装置)の主力製造工場であり、顧客である半導体メーカー等の注文に応じて出荷している。熊谷製作所は、埼玉県熊谷市※※※※※に所在し、建物の配置は見取図(甲78)のとおりであり、1号館から7号館までの建物と、ロッカー棟、クラブハウス等から構成されている。「(株)ニコン 熊谷製作所ガイド」(乙61)によると、熊谷製作所では、平成9年10月1日現在、1510名が勤務しており、うち被告ニコン正社員が930名、派遣社員(業務請負社員、人材派遣社員)が390名とされている。

ステッパー
 ステッパーとは、超LSIの回路パターンのガラス製原版(レチクル)に強烈な光(水銀ランプ・エキシマレーザー)を当て、そのパターンを、あらかじめ感光剤を塗布したシリコンなどの薄板(ウェハ)の表面へ、縮小投射レンズを通して次々に縮小して焼き付けて転写し、半導体を製造する装置である(甲17、乙9、11頁)。半導体に回路を作成する装置であることから、解像度、アライメント精度、メカ駆動などに、ナノメートル単位の精度が要求されるため、「史上最も精密な機械」と呼ばれるが、その完成品の大きさはトラック一台、重さは10トンほどもある超大型精密機械である。被告ニコンのステッパーは、Nikon Step-and-Repeat Systemの頭文字から、「NSRシリーズ」として出荷されている。
 ステッパーがどれほど精密な機械であるかということについて、被告ニコンのホームページは、「1997年の時点の『NSRシリーズ』の解像度は、なんと0.25μm(マイクロメータ)L/S(ラインアンドスペース)。つまり、人間の毛髪(=直径φ80μm)の約1/320もの細さの電子回路を、1mm長の幅のスペースに2000本も形成できます。そのために必要な縮小投影レンズの表面精度の許容誤差は、直径200mmのレンズの場合で10万分の1mm以下(これは、「ドームつき球場」をたとえに取るならば、直径約φ120mのグラウンド上に、0.006mmの凹凸しか許されない表面精度に相当します)。」と解説している(甲17、1頁)。
 しかも、ステッパーは大量生産品ではなく、オーダーメイド製品であって、その検査結果も個々のステッパーにより様々に異なる。被告ニコンの会社案内には「ステッパーは同一機種でも納入する個々の中身は異なっている。それを使う半導体メーカーそれぞれの求める仕様によって作られていくからだ。半導体メーカーは、その目的と製造工程によって様々なステッパーを使い分けているのである」と述べられている(乙9、8頁)。

熊谷製作所の組織
 熊谷製作所の組織は、概略、ステッパーの設計部門、製造部門、検査部門にわかれており、検査部門として品質保証部が設置されていた。勇士が所属していたのは、半導体露光装置事業部品質保証部の第二品質保証課であったが、同課は、平成10年10月1日現在は、一般検査を担当する第一成検係とソフト検査を担当する第二成検係から構成されていた。   


第3
被告ネクスター
会社の概要
 被告ネクスター(現株式会社アテスト)は、その定款上、電子計算機のソフトウェアー及び機能システム・プログラムの開発・設計・作成、事務用機器の操作・保守・維持管理等の労務の請負を業とする株式会社である。
 被告ネクスターは、クリスタルグループの一員として、愛知県名古屋市に本社を置き、北海道から沖縄まで全国各地に営業所・採用センターを設置し、年商150億円、従業員数4500名とされている(丙4、2頁)。
 被告ネクスターは業務内容として、「グローバルアウトソーシング(業務請負)」を掲げるが、後述する通り、少なくとも被告ニコン熊谷製作所における業務の実質は業務請負ではなく、労働者派遣であった。

熊谷営業所
 被告ネクスターは、JR熊谷駅前(埼玉県熊谷市筑波※※※※)に熊谷営業所を有し、営業活動を行っていた。しかし、熊谷営業所は、平成12年6月以降に閉鎖されている(甲73、4頁。E証言速記録44頁)。   

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