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被告らの反論に対する再反論 |
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予見可能性の対象
被告ネクスターは、「電通事件判決の如く、仮に勇士がうつ病を発病していたものであれば、原告ら親族以外の者からも認識可能な程に、自殺の予兆であるかのような言動や、無意識のうちに蛇行運転やパッシングをしたりするかの如き異常な言動等が認められていたはずである。そのため、仮に勇士がうつ病に罹患していたとしても、このような客観的兆候なき以上、被告ネクスターとしても勇士がうつ病に罹患していることないしその結果として自殺することの予見は全く以って不可能であり、予見可能性は認められない。」と主張する(被告ネクスター準備書面(5)12頁)。
しかし、そもそも、勇士には、E証人が証言するように疲れた様子がみられたのであって、うつ病に罹患している客観的兆候は存在した。被告らが法定の健康診断を適切に実施し問診等をしていれば、勇士がうつ病に罹患していた客観的兆候に容易に気付くことができたはずであるが、被告らが法定の健康診断すら怠ったがゆえに、客観的兆候に気が付かなかったに過ぎない。
また、被告ネクスターの主張する考え方は、前記東京地方裁判所平成16年9月16日判決及び電通事件最高裁判決についての最高裁判所調査官による判例解説から明らかなように、認められていない。
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被告ニコンの健康管理体制 |
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(1)
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被告ニコンは、健康管理を徹底し、メンタルヘルスのために必要な措置を取っていたと主張する。
しかし、被告ニコンの主張する健康管理・メンタルヘルスケアは、少なくとも外部労働者たる勇士に対してなされていなかった。
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(2)
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熊谷製作所内の診療所の利用について、被告ニコン作成・配布のパンフレットには、「診療所の利用は原則としてニコン健康組合の加入者のみです。但し、緊急の場合はそれ以外の方も受診可能です。」(下線は被告ニコンによる)(乙61、4頁)と明確に記載されている。このような記載がされている以上、診療所を勇士が気軽に利用できなかったことは明らかである。外部労働者である勇士にしてみれば診療所はないのと同様であった。
また、被告ニコン作成の「交代勤務の導入にあたり」というパンフレットが作成されてはいるが、作業員に配布されてはいなかった(G証言速記録42頁)。また、同パンフレットには、「夜間勤務でない日にはできるだけ午前0時までには就寝するようにして下さい。」(乙13、1頁)とあるにもかかわらず、勇士は午前0時を超えて残業することもしばしばあり、同パンフレット記載の事項は遵守されていない。
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(3)
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労働省(現厚生労働省)は、昭和63年からトータル・ヘルスプロモーション・プラン)として、「事業所における労働者の健康保持増進のための指針」をさだめ、メンタルヘルスケアを含んだ職場での健康保持増進を図ることとしていた(甲53、54)。このように、既に昭和63年から、職場において従業員のメンタルへルスケアについても配慮すべきであるということが広く認識されていた。
しかし、被告ニコン及びネクスターにはかかるメンタルヘルスケアを行っていたという形跡が全く見られない。
例えば、前述したように、被告ニコン作成の健康づくりに関するパンフレットにも、欠勤などが続き部下の様子が普段とおかしいと感じ取ったときには、部下に様子を聞くようにと指導されている(乙37、資料1)が、被告ニコンの管理者は、勇士の無断欠勤を約2週間も放置し、実際にはこのパンフレットの記載事項を全く実行していない。
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(4)
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このように、被告ニコンの健康関連施設は、ニコン社員のみが利用でき、外部労働者が利用できる状況ではなく、また、健康に関する諸施策は書面上には謳われていても、少なくとも外部労働者に対しては実行されておらず、有名無実なものであった。
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第10章 |
損害額 |
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金額
勇士の死亡によって生じた損害額については、訴状「第六」に記載のとおりであり、その合計額は1億4455万5294円である。
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過失相殺
勇士の性格は真面目で几帳面であったが、このような勇士の性格が、損害額を減額する理由となることはない。
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電通事件最高裁判決
電通事件最高裁判決は、「身体に対する加害行為を原因とする被害者の損害賠償請求において、裁判所は、加害者の賠償すべき額を決定するに当たり、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、損害の発生又は拡大に寄与した被害者の性格等の心因的要因を一定の限度で斟酌することができる(最高裁昭和59年(オ)第33号同63年4月21日第一小法廷判決・民集42巻4号243頁参照)。この趣旨は、労働者の業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求においても、基本的に同様に解すべきものである。しかしながら、企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。しかも、使用者又はこれに代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う者は、各労働者がその従事すべき業務に適するか否かを判断して、その配置先、遂行すべき業務の内容等を定めるのであり、その際に、各労働者の性格をも考慮することができるのである。したがって、労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできないというべきである。」と判示する。
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本件における適用
これを本件について見ると、勇士の性格は、一般の社会人の中にしばしば見られるものの一つであった。勇士は、学生時代には生徒会長や合唱コンクールの指揮などをしてリーダーシップを発揮し(甲55)、また仕事においても周りから信頼されて仕事をしていることからも明らかなように、その性格は、何ら異常なものではない。したがって、勇士の性格は、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものであったと認めることはできないから、賠償すべき額を決定するにあたり、勇士の前記のような性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を斟酌することはできない。
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損害賠償請求権の相続
原告が単独で勇士の死亡による損害賠償請求権を行使できることは、原告準備書面(一)「第一、二」記載のとおりである。
仮に、損害賠償請求権が可分債権であるとしても、勇士の父親は行方不明であることから、保存行為(民法252条但書)として原告が単独で行使できるとすべきである。
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中間利息控除 |
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本件における中間利息控除の利率については5%とすべきではなく、2%としてライプニッツ計数を算出して、勇士の逸失利益を算定すべきことについては、訴状「第六、六」に記載のとおりである。
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「公定歩合の推移」(甲119の2)記載の通り、日本における公定歩合は、平成3年ごろまで5%前後で推移しており、その時期においては、中間利息の利率を5%とすることについても経済的合理性があった。しかし、日本の経済成長が低成長時代に入ったことが明確となった平成7年からは公定歩合は1%以下で推移し、平成13年9月19日からはわずか0.1%の金利となっている。このような社会経済情勢からすると、中間利息の利率を5%とすることは明らかに経済的合理性が存在しない。法的にも、条文上に根拠が無い中間利息の控除が求められるのは、損害賠償額の算出方法として、一定の経済的合理性を有するからである。経済的合理性が無いにもかかわらず、一律5%もの中間利息を控除するのは、単に従来の運用を踏襲しているからとしか考えられない。しかし、社会経済情勢が変化し、従来の運用の経済的合理性を支える裏づけが変化したのであれば、従来の運用も改めるべきである。合理的な理由もなく、単に従来の運用を盾にして、原告の権利を侵奪することは認められない。
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第11章 |
結論
以上のとおり、勇士がうつ病を発症して平成11年3月5日頃に自殺をしたのは、被告らにおける業務が著しく過重であったことによるものであり、それらの間には相当因果関係が存在し、かつ被告らには安全配慮義務違反が認められるから、被告らは、勇士の死亡によって生じた損害金1億4455万5294円を原告に対して連帯して賠償すべき責任がある。 |
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以上 |