『原告最終準備書面』


 
  
 
退職申出への対応
 第九に、勇士が平成11年2月23日に、被告ネクスターに退職を申出た際にも、被告ネクスターは退職について明確な回答をしなかったため、勇士の心理的負荷を一層増幅させた。
 E証人は、同年2月24日に、勇士から直接、退職する旨を聞き、「必ずニコン側と打ち合わせをした上で決定するんで、今の話は受けるけれども、今月一杯というのはちょっと難しいという話をしました。」と回答した(E証言速記録11頁)。退職を申し出たということは、勇士が、仕事・勤務についての悩み・不安等を持っていたことは容易に推察されるはずであり、被告ネクスターは勇士から話をじっくりと聞いたり、速やかに対応すべきである。しかし、E証人が、被告ニコンに勇士の退職申出を伝えたのは、それから8日後の3月3日であり、いかに被告ネクスターの対応が遅いかを如実に示している。また、E証人は、勇士の退職の申し出に対して、じっくりと話を聞くこともせず、表面的な対応に終始し何ら勇士の相談に応じた形跡がない。
 しかも、被告ニコンは、E証人に、勇士に4月15日まで勤務してもらいたいと連絡しているが(乙65、9頁)、そもそも、就業規則に定める退職通告期間の14日(就業規則(丙2の1)第40条)より一ヶ月も超過している。また、この退職時期は被告ニコンの一方的な都合によって決められたものであり、仮に勇士が知ったとしても、到底勇士の希望にかなった退職時期ではなく、いかに被告ニコンが、労働者に配慮せずに自らの都合を優先させていたかがわかる。法律上、労働者は2週間の予告期間を置けば何時でも(理由を要せず)解約できる(民法627条1項)とされており、退職する自由が保障されている。しかし、被告らは勇士の退職する自由すら認めずに、勇士の退職の申出を受け入れなかったのである。
 このように、勇士は、被告ネクスターに退職の申出をしたが、被告らが、退職について明確な回答をせず、適切な対処をしなかったため、勇士の心理的負荷が増幅した。勇士は、過重な労働から解放される最後の逃げ道も塞がれることになり、うつ状態が一層悪化し、自殺を図るに至ったのである(T.T証言速記録11頁)。

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被告ネクスターの労務管理
 従業員の勤務時間の把握は健康管理の上で重要なものであり、雇用主は、安全配慮義務の一内容として、従業員の労働時間及び労働状況を把握しなければならないにもかかわらず、特に、被告ネクスターは、従業員の労働時間及び労働状況の把握はなされておらず、従業員の健康管理も全くされていなかった。
 E証人は、「派遣した者の労働時間については、月の途中は、ニコン側でIDカードを使ってコンピュータ処理をしていたので、ネクスター側はわかりません。月末で締めて、ニコン側から労働時間のデータが送られてきて、初めてネクスター側が労働時間を知ることになります。私も、給与計算をするので、労働時間を大体は知っていましたが、計算は事務員がするので、細かく見ていませんでした。だから、勇士君が何時間働いていたかも詳しくは知りませんでした。勇士君が平成11年2月に15日間連続で働いていたことも、月中のデータはわからないので、知りませんでした。」と陳述する(甲73、2頁)。被告ネクスターは、熊谷製作所において勤務する従業員の勤務時間すら把握していなかったのである。
 また、E証人は、「医療相談を受ける体制もありませんでした。また、職場でのメンタルへルスということも会社の体制として、特に何もなかったです。」と陳述する(甲73、2頁)
 健康診断についても、被告ネクスターは、自ら実施するのではなく、被告ニコンに依頼していた。
 このように、被告ネクスターには、従業員の健康管理体制は存在しなかった。

11
小  括
 被告らは、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意すべき安全配慮義務を負っているにもかかわらず、上記のように、(1)勇士に産業衛生学会基準に幾重にも違反する夜勤や、13回のシフト変更などの不規則な勤務、クリーンルームにおける勤務に従事させた結果、勇士のうつ病を発症させた。(2)さらに、被告らは、勇士に、劣悪な環境への引越しを命じ、新型開発機のソフト検査を15日間連続勤務の労働にみられるような長時間労働で従事させかつ、その後深夜労働に従事させた結果、うつ病を増悪させ、(3)また適切な健康管理・労務管理(法定の健康診断すらしていない)及び退職申出・無断欠勤への対応をしていなかった。そのいずれをとっても被告らには重大な安全配慮義務違反がある。

第4
被告ニコン熊谷製作所における死亡者
K.T氏の死亡
 K.Tは、勇士と同じく、被告ネクスターに入社し、同社から被告ニコン熊谷製作所に派遣されていたが、勇士が死亡してから約1年後の平成12年3月に、自宅のアパートで心臓疾患で死亡した。死亡時、26歳であった。K.Tの死亡について、E証人は「多少なりとも仕事の影響があるのかという考えはもちましたけど。」と証言している(E証言速記録16頁)。被告らは、原告の再三の要請にもかかわらず、K.Tの死亡直前の労働時間を示す証拠を提出していないが、被告らがかかる証拠を提出しないのは、同証拠がK.Tの死亡が直前の過重な業務に起因することを示しているからに他ならない。
 被告ネクスターから被告ニコン熊谷製作所への派遣者数は当時4〜5名であったにもかかわらず(甲73、2頁)、わずか1年間の間に、2名もの若者が亡くなるということは尋常ではない。

Gx氏の死亡
 また、被告ニコンの従業員であるGx氏は、平成14年3月17日午前4時から5時頃に、熊谷製作所7号館5階から飛び降り自殺を図り、死亡している。死亡時34歳であった。Gx氏はステッパーの設計部門に所属していたが、被告ニコンによると、Gx氏の自殺の原因は「Gx自ら選定してステッパーに取り付けたI社製の冷却装置継ぎ手からHFE漏れが発生し、しかも、組み立てが完了しているステッパー21台(社内外)については、継ぎ手交換が極めて困難な状態でヒートシンク(外瓦)が取り付けられていたため、I社製継ぎ手から万一漏れが発生した場合、その交換に際して、構造上、大掛かりな解体作業が必要となり、約2ヶ月もの修理期間を要することになること、「外瓦」は構造的にステージのほぼ真上に取り付けられるため、HFEが漏れれば即ステージ上のウェハが汚染されることにつながり、顧客・会社に大規模な損害を及ぼすことに苦慮し自殺したものと考えられる。」(平成14年5月10日付被告ニコン第10準備書面)とされている。しかし、業務上の設計ミスをしたとしても、設計者が自殺しなければならない理由はどこにもなく、被告ニコンにおける失敗を許さない職場の雰囲気や、被告ニコンのメンタルヘルスケアーの貧弱さが、Gx氏を自殺するまでに追い詰めたと言わざるを得ない。

被告ニコンの在職死亡者数
 被告ニコンにおける在職死亡者数は、平成10年度8人、平成11年度4人、平成12年度(1月〜10月)9人となっている(甲80)。

小  括
 被告ニコン熊谷製作所で勤務する労働者においては、原告が把握している限りでも、勇士の死後1年後に26歳の若者が心臓疾患で死亡し、さらにその2年後に34歳の技術者が自殺しており、働き盛りの者が、このような形で立て続けに死亡することは尋常ではない。このように被告ニコンにおいて多くの者が在職中に亡くなっているという事実は、被告ニコンにおける従業員の健康管理・メンタルヘルスケアーに問題があることを示唆している。

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