『判決』


争点及び当事者の主張
(1)
亡勇士の業務の過重性(争点1)
(原告の主張)
 業務の過重性を判断するに当たっては、労働時間、勤務の不規則性、拘束性、交替制勤務、作業環境等の諸要因や業務に由来する精神的緊張を総合的に考慮すべきところ、次のとおり、亡勇士の業務は、うつ病に罹患する程度に過重なものであった。

亡勇士の勤務時間・形態等
 
(ア)
 亡勇士は、本件製作所において、平成9年12月15日より平成10年12月までは、基本的には被告ニコンの従業員の本件交替勤務と同様の勤務シフトで、ステッパーの一般検査に従事し、平成11年1月からは、ソフト検査にも従事しており、途中二つの仕事を掛け持ちしていたこともあった。

 
(イ)
 亡勇士の勤務開始からの本件製作所内での勤務時間は、甲10号証の1ないし17記載のとおりであり、平成10年2月から平成11年1月までの1年間の労働時間は被告ニコン正社員の交替性勤務者の所定労働時間1872時間を上回る2166時間であり、時間外労働及び休日労働は、平成10年7月は100時間、平成11年1月は77時間もあった。
 特に、亡勇士は、新開発ステッパーのソフト検査のため、平成11年1月24日からその検査納期である同年2月7日まで、何らのサポートもなく、別紙「勇士の15日連続勤務の労働時間」のとおり、15日間連続勤務をさせられ、その連続勤務においては、概ね午前8時30分ころから業務を開始し、約13時間勤務し、内3日間は翌日まで勤務を持ちこしている。また、勇士は、自宅でも検査マニュアルを熟読したり、実施すべき検査手法の検討や問題点の解決等を行っていた。
 
(ウ)
 亡勇士は、納入検査のため、次のとおり出張したが、いずれも、厳しい納期を厳守して、顧客の指定する検査方法により、膨大な検査データを処理し、顧客に説明を行わなければならず、出張中は時間外労働が多くなり、非常にストレスがたまるものであった。

a  台湾へ平成10年3月10日から同月24日まで
b  仙台へ平成10年7月20日から同年8月4日まで
c  台湾へ平成10年12月2日から同月5日まで

 昼夜交替勤務による弊害
 亡勇士は、前記のとおり、人間固有の「サーカディアンリズム」という24時間周期を持つ概日性リズムに反し、日勤と比較し、疲労しやすく、かつ、疲労が蓄積しやすいため様々な健康被害に陥りやすく、睡眠覚醒リズムに狂いを生じさせる昼夜交替制勤務である本件交替勤務に従事させられていた。その勤務の過重性については、多くの夜勤者・交替制勤務者の安全衛生に関する諸文献で指摘されているように、夜勤・交替制勤務による(1)生体リズムの位相逆転により諸生理機能の乱れが日常的に反覆されること、(2)生体リズムの作用と環境刺激により睡眠の量・質が低下して睡眠不足となること、(3)食事時刻が不整となること等による慢性疲労状態が形成されることに照らせば、明らかである。また、前記亡勇士の勤務は、国際労働機関(ILO)の夜業勧告(甲110)及び深夜勤務についての労働省中間報告(乙11)とほぼ同基準の夜勤・交替制勤務に関する産業衛生学会意見書による基準のうち、(1)週労働時間40時間・時間外労働の原則禁止、(2)深夜勤務の上限労働時間1日8時間、(3)仮眠時間の確保、(4)深夜勤務の連続回数制限(2,3回)、(5)各勤務時間の間隔制限(原則16時間以上、深夜勤務後は24時間以上)及び(6)年間休日日数(平均週休2日に国民の祝祭日を加えた日数を常日勤者なみに確保)という基準に反している。
   また、亡勇士は、次のとおり、約1年4か月の間に13回も昼夜交替勤務と日勤との変更をさせられ、生体リズムと生活リズムとの相位のずれが生じ、その修正の困難さから、疲労を蓄積した。
回数
期間
勤務体系
平成9年10月27日から同年12月14日まで 昼勤
同月15から平成10年3月10日まで 昼夜二交替
同月11日から同月25日まで 昼勤
同月26日から同年4月12日まで 昼夜二交替
同月13日から同月15日まで 昼勤
同月16日から同年7月19日まで 昼夜二交替
同月20日から同年8月16日まで 昼勤
同月17日から同年9月16日まで 昼夜二交替
同月17日から同年10月31日まで 昼勤
同年11月1日から同月29日まで 昼夜二交替
10
同月30日から同年12月8日まで 昼勤
11
同月9日から同月30日まで 昼夜二交替
12
平成11年1月8日から同年2月14日まで 昼勤
13
同月15日から同月25日まで 昼夜二交替
 ステッパー検査
 亡勇士の従事していたステッパー検査自体も、次のとおり、精神的・肉体的負荷の大きい作業であった。
 
(ア)
 ステッパー検査は、ステッパー自体が、大型精密機械であり、かつ、大量生産品というより、オーダーメイド製品であることから、画一的な単純作業ではなく、顧客の要求に応じ、検査の前提条件や検査方法を検討しなければならない、常に新しい問題解決を必要とする複雑な作業であり、ステッパーの仕組みを理解するため、一定程度の技術的素養・知識が要求される専門性を要するものであった。特にソフト検査においては、1年以上の経験が要求され、一般検査以上の高度な知識が要求される精神的負荷の大きいものであった。そして、検査の待ち時間では、検査結果の計算、引継書の作成、検査チェックシートの記入等を行わなければならなかった。
 さらに、その検査は、付属パソコンに向かって行う作業であり、特にソフト検査においては、電子メールを多く伴うものであり、いわゆるテクノストレスが大きい作業であった。
 
(イ)
 ステッパー生産には厳しい納期が定められているところ、その検査工程は、納入直前の工程であり、それ以前の工程でのスケジュール変更等によるしわ寄せを受ける工程であるといえ、ステッパー検査は納期厳守の精神的プレッシャーを最も受ける作業といえる。
 クリーンルーム内作業による肉体的・精神的負荷
クリーンルームは、塵埃を最小限にするために、窓が設けられていない閉鎖空間である。その入室には、換気性が悪く、皮膚呼吸が圧迫され、着心地が極めて悪いクリーン着(防塵服)とマスク・ゴーグル・手袋を着用させられ、エアーシャワーを浴びなければならないという人工的な空間であって、日常的な空間と比較して、肉体的・精神的負担が大きい。さらに、そのクリーンルーム内の照明はウエハに塗られている感光剤が感光しないように黄色の単色光にされており、それは著しく人間を疲労させ、精神的ストレスを引き起こす。
 また、クリーンルーム内では、基本的には立った状態で検査作業を行っていた。
さらに、クリーンルーム内には休憩室は存在せず、休憩の際には、一旦、クリーン着(防塵服)を脱いでクリーンルームから退室し、再度、クリーンルームに入室するのにクリーン着(防塵服)を着用し、エアーカーテンを通らなければならなかった。
 引越し
 亡勇士は、被告ネクスターの要請により、平成11年1月5日、従来の同僚と同居していた3DKの部屋(6畳間が3室)から、加熱に時間のかかる電熱器しかなく、狭いワンルームマンション(居室4.5畳。本件居室)への引越しをさせられた。
 リストラ
 平成10年7、8月ころに本件製作所における被告ネクスターの同期入社の派遣労働者の大半がリストラされたことにより、派遣労働者である亡勇士の仕事量は増加した。さらに、その派遣労働者の削減により、亡勇士は、リストラの危険を感じ、より一層依頼された仕事を断れない心理状態に陥った。
 退職拒否
 亡勇士は、被告ネクスターに対し、平成11年2月23日、退職を申し出たが、引き留められた。そして、亡勇士は、最後に勤務した同月25日の勤務後に、原告に対し、被告ニコンから退職について何も言われず、自己の退職について、全く取り合ってもらえない旨を話した。
 派遣労働者ゆえの身体的精神的負担
 
(ア)
 亡勇士は、被告ネクスターからの派遣労働者であり、被告ニコンの正社員と比べて身分保障がなく、弱い立場にあり、言いたいこともいえず、正社員が引き受けないような嫌な仕事や時間外労働・休日出勤を余儀なくされ、また、健康管理の埒外におかれることも多かった。
 
(イ)
 この点、被告らは、亡勇士は、被告ニコンと被告ネクスターとの業務請負契約に基づき、被告ネクスター熊谷営業所配属の被告ネクスター従業員として、本件製作所内で業務に従事していたと主張し、その派遣労働者性を否定する。
しかし、被告らの主張の業務請負契約は、成立しているとはいえない。なぜなら、その契約書たる乙1号証の署名欄に請負者たる被告ネクスターの記名押印がなされていないし、また、その業務請負の委託料が、仕事の完成ではなく、時間単価で算定されているからである。
 また、労働者を提供し、これを他人に使用させるものは、たとえ契約形式が請負であったとしても、(1)作業の完成について事業主として財政上・法律上の全ての責任を負い、(2)作業に従事する労働者を指揮監督し、(3)作業に従事する労働者に対し使用者として法律に規定された全ての義務を負い、(4)自ら提供する機械、設備、機材若しくはその作業に必要な材料・資材を使用し、又は企画若しくは専門的な技術・経験を必要とする作業を行うものであって、単に肉体的な労働力を提供するものでないという4つの要件を満たさない限り、職業安定法施行規則4条により、労働供給事業を行うものとされている。本件では、(1)については、被告ネクスターが単独で、作業の目的物たるステッパーの瑕疵を修補する能力がなく、そのステッパーの製作・検査につき法律上の義務を果たすことはできないし、その検査に必要なパソコン、検査工具、作業着及びクリーン着(防塵服)は被告ニコンからの無償貸与によるものであるから、被告ネクスターが財政上全ての責任を負っているとはいえない、(2)については、被告ネクスターは本件製作所内で勤務する被告ネクスター従業員に対し、個別具体的な作業指示を行っておらず、本件製作所内に常駐する監督員も配置していなかったなど、前記4要件を満たしているとはいえない。すなわち、被告ネクスターは、労働者派遣事業法を潜脱して、労働供給事業を行っていたといえ、被告ニコンは、本来ならば派遣先として負担すべき同法上の義務を免れていた。

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