『判決』



(被告らの主張)

 亡勇士の業務は社会通念上許容される範囲内のものである。

 亡勇士は派遣労働者ではない。
 被告ニコンと被告ネクスターとの業務請負契約に基づき、被告ネクスター熊谷営業所配属の被告ネクスター従業員として、本件製作所内で業務に従事していたのである。
 原告が主張する前記ク(イ)記載の4要件については、(1)については、契約上、請負業務の処理について瑕疵があり、又は善良なる管理者の注意を欠いたため、不完全な処理が行われた場合には、被告ネクスターは被告ニコンに対し、直ちに完全な履行となるような追完をし、又は、損害賠償の責任を負うとされていた。(2)及び(3)については、契約上、被告ネクスターが、その従業員を管理し、直接命令する者として現場責任者を選任することとしており、その現場責任者には、平成9年10月27日から平成10年12月までは被告ネクスター熊谷営業所従業員D(以下「D」という。)が、平成11年1月以降は同営業所従業員E(以下、「E」という。)が就任しており、本件製作所内に常駐していたわけではないが、その現場責任者が亡勇士を管理していた。また、ステッパー検査は基本的に一人で行うことができる作業であるので、被告ニコンが特段指示することはなかった。(4)については、亡勇士が従事していたステッパー検査には専門的な技術・経験を要した。

(被告ニコンの主張)

 亡勇士は、業務を掛け持ちしていたことはないし、また、平成11年1月から同年2月7日まで従事していたのは、ソフト検査作業ではなく、被告ニコン従業員が指導員となって行ったソフト検査についての実習である。

 亡勇士の自殺直前の6ヵ月間の1か月当たりの平均合計労働時間は173時間5分、作業日1日当たりの平均労働時間は10時間5分である。
 亡勇士が本件製作所で勤務していた平成9年10月27日から平成11年2月25日までの間の亡勇士の夜間勤務は合計74日間、月平均約5.3日であったのに対し、自殺直前の6か月間の夜間勤務は合計19日間、月平均3日程度であり、従前よりも夜勤日数の割合は低下していた。
 また、前記自殺直前の6か月間の亡勇士の休日は延べ日数90日間であり、本件製作所の被告ニコン従業員のうち通常勤務者の前記期間の所定休日62日を大きく上回っていた。
 さらに、平成10年度の亡勇士の夜勤番64日中、所定外労働時間が行われたのは、14日間合計19時間であり、1回当たりは1ないし1.5時間で最長でも2時間にすぎなかった。
 確かに、亡勇士は、平成11年1月24日から同年2月7日まで15日間連続して勤務しているが、その直前の同年1月18日から同月23日まで6日間連続休日を取っており、それほどの負荷がかかっているとはいえない。。

 
(ア)
 本件交替勤務は、3組2交替制を採用し、サーカディアンリズムの乱れをできるだけ抑制し、勤務者への負担をできるだけ軽減するよう、(1)夜勤回数を連続3日に抑制するとともに、月間夜勤回数を最大9回とし、通常勤務者よりも1日の勤務時間を長くして(ただし、休憩時間とリフレッシュタイムにより、連続勤務時間を3時間30分、2時間、2時間20分、1時間45分として、長時間化を回避している。)、休日日数を増加させ、(2)夜勤明けには3日ないし4日の連続した休日を設け、夜勤と夜勤との間は7日ないし8日と十分な間隔をあけ、(3)年間所定労働時間を通常勤務者と比較して短縮するという配慮のもとに、被告ニコンが世間動向及び専門文献等を十分調査・検討した上で、被告ニコンの労働組合との協議を経て、導入されたものである。
 また、被告ニコンは、日本電機工業会、通信工業連盟及び電機連合の三者による企画委員会が、電機製造業の昼夜交替制勤務について策定したガイドライン(乙12)につき、十分配慮して本件交替勤務を導入している。
  さらに、本件交替勤務の導入の際に、本件製作所内のクラブハウス2階に仮眠室を設けており、また、クリーンルームの出入口に隣接した区画にリフレッシュルームを設け、テーブル、ソファ、清涼飲料水の自動販売機等を配備していた。

(イ)
 確かに、次の期間において、亡勇士の勤務シフトを夜勤から日勤へ変更させているが、昼夜交替勤務から日勤に変更される場合には、サーカディアンリズムが夜勤の場合でも完全に逆転せずに残り、日勤に戻れば1、2日で回復するという特性からすると、健康面・精神面に悪影響を与えることはないし、また、昼夜交替制を継続していた場合と比較して夜勤日数は減少している。

 
a
平成10年
3月12日から同月14日、同月23日から同月25日
4月13日から同月15日
7月20日から同月22日
9月17日から同月19日、同月28日から同月30日
10月8日から同月10日、同月19日から同月21日、同月29
日から同月31日
11月30日から12月2日。

 
b
平成11年
1月14日から同月16日、同月25日から同月27日
2月4日から同月6日


 ステッパー検査自体は、基本的には数字を見比べる作業であり、定型的な検査を行うものである。検査データが適正でない場合には、再検査を行ったり、調整・技術部門に連絡して対応を求めることはあるが、その検査部門において、調整等を行うことはない。
 社内検査については、基本的にはマニュアルに沿ったデータ取りであるから、ある程度習熟すれば、さしたる疲労を伴うものではない。また、付属パソコンに命令を入力した後、データが自動的に検出されるまでの間には、休憩をとることのできる自由時間である手持ち時間(検査項目により発生時間は異なり、短いものは10分から長いものでは2時間になることもある。)が生じる。
 納入検査についても、前記社内検査と同様のことがいえ、さらに、その検査のために出張するに当たっては、昼勤において出張準備を行い、出張中は、納入先の工場稼働時間にあわせ、昼勤となる。ただし、休日については昼夜交替制における休日のままであり、休日作業扱いになることがある。
 ソフト検査については、設計・技術等との連携のため、昼勤により行われており、しかも、亡勇士のソフト検査実習の内容は、一般検査時に行っていたのと同様のソフトの作動状況を確認するためのデータ収集であった。


 クリーンルームの作業環境は次のとおりであった。
 クリーンルームは本件製作所6号館1階から3階にかけて2層設けられており、その面積は下層から2576m2、2464m2、床から天井までの高さは約4mである。クリーンルーム内の清浄度はクラス1000〔1立方フィート(約0.028m2)中に0.5μm経以上の異物が100個以内であること。アメリカIES規格〕である。クリーンルーム内の温度及び湿度は摂氏23度前後・湿度40%台を保つように配慮されていた。クリーンルーム内の照明はウエハへの感光を避けるため、通常IC製造工程で用いるのと同様に、黄色の蛍光灯を用い、照度は、事務室での精密作業の際に求められる法定の基準である300ルクス以上の400から600ルクス程度である。クリーンルーム内の騒音は、極力塵埃が生じないように、クリーンルーム内を摩擦・摺動部分をできるだけ除去した機構にしているため、ほとんど問題となっていない。さらに、クリーンルーム内で使用される化学物質は窒素ガス等一定のものに限られ、緊急時の警報装置・緊急遮断弁の設置等により漏洩・拡散のないよう配慮されている。
 また、亡勇士が勤務していた当時のクリーンルーム内での作業においては、クリーン着(防塵服)、帽子、クリーン靴等の着用は義務付けられていたが、平成11年5月31日以前は、手袋・マスクの着用義務はなかった。クリーンルームへの入室には、塵埃を払うために数十秒エアーシャワーを浴びる必要があったが、その出入の管理を緩やかにし、所定の休憩時間・リフレッシュタイムの外、手待ち時間等を利用して自由にクリーンルームの出入りができるようにされていた。

(2)
亡勇士のうつ病罹患の有無及び業務起因性(争点2)

(原告の主張)
 亡勇士は、次の事情に照らし、うつ病に罹患し、自殺に至ったといえる。
 
(ア)
 亡勇士は、被告ネクスターに入社し、昼夜交替勤務に就いて間もなく、入眠困難、胃腸障害に陥った。
 
(イ)
 亡勇士は、平成10年5月から、入眠困難・胃腸障害に加え、ひどい疲労感にも襲われ、同年6月から同年7月にかけて、体重が減少していった。
 
(ウ)
 亡勇士は、同年8月から、不安・緊張、イライラ感・内的焦燥、快楽行動の消失といった精神面での変調を来し、同年9月から同年10月にかけてそれを増強させ、慢性疲労状態・過労状態が継続した。
 
(エ)
 亡勇士は、同年11月には、WHOが作成した国際疾病分類第10回修正(以下「ICD-10」という。)におけるF32.0「軽症うつ病エピソード」の診断基準に合致するうつ病を発症した。
 すなわち、亡勇士は、同時期、前記診断基準において、2週間以上続くエピソード、躁病性症状がない、薬物依存や器質性精神障害がない、快楽感情・快楽行動への興味の喪失、活力減退・疲労感の増加、思考力低下、焦燥・精神運動遅滞及び体重変化を伴う食欲変化という基準を満たしていた。
 
(オ)
 亡勇士は、同年12月から平成11年1月にかけて、前期(1)記載の引越し、ソフト検査及び15日間連続勤務により、前記うつ病を憎悪させた。
 
(カ)
 亡勇士は、同年2月にはICD−10におけるF32.1「中等症うつ病エピソード」に至った。
 すなわち、亡勇士は、同時期、抑うつ気分の2週間の持続及び睡眠障害にも陥り、希死念慮も抱くようになった。

 そして、前記うつ病罹患を認めるに足りる事情及び前記(1)業務の過重性に照らせば、亡勇士の業務とうつ病発症・憎悪との間、ひいては亡勇士の業務と自殺との間には相当因果関係があるといえる。

(被告らの主張)

 亡勇士は自殺以前にうつ病の診断を受けておらず、心理的負荷に苦しみ、周囲に相談したり、会社のカウンセリングを利用した等もなく、その言動等にもうつ病の罹患を伺わせるものがないので、亡勇士がうつ病に罹患していたとはいえない。

 仮に、亡勇士がうつ病に罹患していたとしても、「心理的負荷による精神障害等にかかる業務上外の判断指針について」の旧労働省通達(平成11年9月14日基発第544号。以下「本件労働省通達」という。)において定められている判断指針が示す業務に関する心理的負荷があったとはいえず、うつ病罹患と業務との間には因果関係は存しない。

(被告ネクスターの主張)

 亡勇士が退職申出をしてから自殺するまでの間には数日間有り、その間に亡勇士の自殺を誘発する原因が生じた可能性が高い。

 生活苦・借金苦で大学を中退したことや親族間の金銭関係(原告に対し仕送りを行い、また、アメリカ留学費用として約140万円貯蓄していたところ、自殺する1か月半前に兄に車購入費として50万円を貸し付けたが、返済を受けておらず、さらに、その半月後に原告にパソコン購入費として20万円貸し付けている。)等の事情に照らせば、仮に、亡勇士がうつ病に罹患していたとしても、うつ病罹患と業務との間には因果関係は存しない。

(被告ニコンの主張)
 

 そもそも、現在において、わが国において増加傾向にある昼夜交替勤務と精神神経疾患との関係は明らかではない。

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