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被告らの安全義務違反ないし不法行為責任の有無(争点3) |
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(原告の主張) |
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ア
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被告ネクスターは、その従業員である亡勇士に対し、使用者として、その従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡勇士の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負担していた。 |
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イ
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亡勇士と被告ニコンとの間には直接の雇用関係はないが、前記のとおり、亡勇士は被告ニコンに派遣された派遣労働者であり、実質的に使用従属関係にあったといえる。
よって、被告ニコンは、使用者に代わって派遣労働者である亡勇士に対し、業務上の指導監督を行う権限を有していたといえ、その従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、派遣先の事業主として、派遣労働者の安全衛生を確保すべきであり、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡勇士の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負担していた
。 |
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ウ
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にもかかわらず、被告らは、いずれも前記義務を怠った。
すなわち、被告らは、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康が損なうことがないよう注意すべき安全配慮義務を負担しているにも関わらず、(1)亡勇士に前記産業衛生学会基準に幾重にも違反する夜勤、13回のシフト変更による不規則勤務、クリーンルームにおける勤務に従事させ、同人にうつ病を発症させ、(2)前記引越し、15日間連続勤務によるソフト検査により、うつ病を憎悪させ、(3)適切な健康管理・労務管理(法定健康診断の不実施)をしなかった。
特に、被告ネクスターについては、(1)亡勇士の勤務時間をリアルタイムで把握しておらず、被告ニコンが翌月集計した「就業日報」(甲10の1ないし17)を翌月に見るまでは同人の労働時間を把握せず、また、健康診断についても被告ニコンに任せっきりであり、(2)亡勇士に多大な負担がかかっていたにもかかわらず、適正な人員の補充や派遣先である被告ニコンに対する仕事量調整の要請を行わず、(3)勇士が退職申出をしているにもかかわらず、退職を認めず、亡勇士の精神的負荷を一層増強させ、(4)亡勇士が平成11年2月26日から無断欠勤を始めたにもかかわらず、何ら対応を取らず、同人の部屋を訪問し、自殺体を発見したのが同年3月10日であった。
よって、被告らは、亡勇士に対し、安全配慮義務違反及び不法行為に基づく責任を負う。 |
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エ
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被告ニコンは、亡勇士に対し、雇入時健康診断以降も定期健康診断を実施していたと主張する。しかし、その健康診断書について、被告ニコンは被告ネクスターに送付したとし、他方、被告ネクスターは、労働安全衛生規則51条の5年間の保存義務に反して熊谷営業所閉鎖の際に紛失したとして、その健康診断書は本件訴訟には提出されておらず、前記被告ニコンの主張は認めるに足りない。 |
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オ
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被告ネクスターは、亡勇士がうつ病に罹患している客観的兆候がないことから予見可能性を否定している。
しかし、そもそもうつ病に罹患している客観的兆候は存在していたし、亡勇士の長時間労働・不規則な変則的昼夜交替勤務等の勤務状況を認識していれば、同人が過労によりうつ病に罹患し自殺する可能性があることを十分予見することは可能であったといえる。 |
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カ
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被告ニコンは、予見可能性の前提として、亡勇士が精神面を含めた健康悪化を認識する必要があるとしている。
しかし、前記のとおり、亡勇士の長時間労働・不規則な変則的昼夜交替勤務等の勤務状況を認識していれば、同人が過労によりうつ病に罹患し自殺する可能性があることを十分予見することは可能であったといえる。 |
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(被告ネクスターの主張) |
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亡勇士は、被告ネクスターに対し、精神・身体の不調や業務の過重性を訴えたことはなく、また、亡勇士には、自殺以前にうつ病等の精神障害に罹患していたことを伺わせる言動等における異常な兆候はなく、さらに、亡勇士の執着気質によるストレス脆弱性により一般人であれば精神障害を発病せしめない程度の心理的負荷によってうつ病を発病させたとすれば、被告ネクスターは亡勇士の自殺を予見することは不可能であった。 |
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(被告ニコンの主張) |
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ア
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(ア)
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被告ニコンは、本件製作所において、次のような安全衛生管理を行っていた。 |
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a
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安全管理体制 |
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(a)
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被告ニコンは、総括安全衛生管理者、安全管理者及び衛生管理者を任命し、安全衛生確保、安全衛生教育、健康の管理及び保持増進、労働災害の原因調査及び再発防止、快適な職場の形成等の業務を組織的に行っていた。
また、被告ニコンは、産業医を1名選任し、健康診断の実施及びそれに基づく健康保持、作業環境の維持管理、作業の管理、健康教育及び健康相談、労働衛生教育、健康障害の原因調査及び再発防止等の業務を行っていた。
さらに、被告ニコンは、主任安全衛生管理者を任命し、安全衛生教育の立案及び実施、災害及び疾病に対する調査及び措置、災害及び疾病の統計並びに記録の作成、安全衛生施設及び保護具の点検整備、快適職場の形成その他安全衛生及び健康の保持増進に関する業務を行っていた。 |
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(b)
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被告ニコンは、各部門、各課ごとに部安全衛生管理者、課安全衛生管理者、安全衛生補導者及び安全衛生担当者を任命し、安全衛生管理を実施していた。 |
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(c)
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被告ニコンは、総括安全衛生管理者を委員長とし、安全管理者、衛生管理者、産業医及び主任安全衛生管理者等を会社代表委員とし、労働組合から推薦された者を従業員代表委員として、安全衛生委員会を設置し、本件製作所の安全衛生に関する諸問題を毎月1回の開催で調査・審議していた。 |
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b
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安全衛生活動 |
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(a)
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被告ニコンは、年度ごとに安全衛生活動計画を策定し、安全衛生に関する業務を行っており、平成9年度及び平成10年度の安全衛生活動計画表は乙16号証の1及び2のとおりである。 |
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(b)
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被告ニコンは、職場の管理者に対し、安全衛生に関する「安全衛生職場チェックリスト」(乙17)を配布し、また、精神衛生面に関して年1回メンタルヘルスを含めた安全衛生研修会を実施し、従業員や作業員に対する安全衛生について周知徹底させていた。 |
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(c)
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被告ニコンは、従業員に対し、年2回春期及び秋期に定期健康診断を実施しており、その検査項目は、体重測定、尿検査、視力・聴力検査、血圧検査、胸部X線検査、医師による問診及び打聴診等であり、作業に問題があるような異常が認められる場合には職場に連絡されることになっていた。
さらに、昼夜交替勤務に従事する従業員には、前記定期健康診断とは別に従事する際の健康診断を行っていた。 |
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(d)
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本件製作所内に設けられた診療所は、日曜日を除き、平日の午後2時から4時まで医師及び看護婦が常勤し、それ以外の平日の昼間及び土曜、祝日の昼間には看護婦が常駐しており、随時、健康診断や診察を受け入れる態勢がとられていた。前記診療所の利用は、原則として、被告ニコンの従業員をはじめとするニコン健康保険組合加入者としていたが、緊急の場合は、それ以外の者も受診できるとされており、実際に請負作業者等も利用していた。
さらに、被告ニコンは、委託したカウンセラーが各事業者を定期的に巡回し、相談を受けるというトータルヘルス相談制度を設け、本件製作所においては毎週木曜日に前記相談受付を実施していた。 |
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(e)
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被告ニコンは、本件交替勤務に従事する者に対し、昼夜交替勤務の問題点を指摘しつつ、自己健康維持管理の要諦を示したパンフレット(乙13)を配布していた。 |
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(イ)
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被告ニコンは、請負作業者に対しては、雇用主の依頼に基づき、労働安全衛生法及び同規則に則り、定期的健康診断を実施し、それに加え、作業者の申出による随時の健康診断も実施しており、亡勇士に対しても、被告ネクスターからの依頼に基づき、昼夜交替勤務に配属するに当たって平成9年12月に健康診断を実施し、また、平成10年4月及び同年11月に定期健康診断を実施し、その他に同年1月には眼科検診を、同年2月には尿検査を、それぞれ実施した。 |
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イ
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仮に、亡勇士がうつ病に罹患し、それによって自殺したとしても、それを予見し得るには、うつ病を発症し得るに足りる業務上の著しい強度の心理的負荷があることを認識しているだけでは足りない。
安全配慮義務違反の前提としては、当該労働者の健康状態が悪化していることを認識しつつ、すなわち、当該労働者がうつ病に罹患し、衝動的、突発的に自殺することを予見しながら、当該労働者の負担を軽減させるための措置をとらなかったという結果回避義務違反が必要である。
しかし、本件では、そもそも被告ニコンの安全配慮義務違反を基礎づける作業実態がなく、しかも、被告ニコンにおいて亡勇士の健康状態の悪化が認識されていない。 |
| (4) |
損害(争点4) |
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(原告の主張)
被告らの安全配慮義務違反ないし不法行為による損害は、次のとおり、合計1憶4455万5294円である。 |
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ア
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葬儀関係費用 120万円 |
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イ
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遺失利益 1憶0021万円3904円
亡勇士は、死亡当時、23歳の独身の男性であり、就労可能年数は、67歳までの44年間となる。
基礎収入については、東京都立大学を大学4年生の卒業直前で中退しており、大学卒業と同視できるので、平成10年賃金センサスの大卒男子全年齢全労働者年収平均額689万2300円とするのが相当である。
控除すべき中間利息は、法定利率とすることは理論的・経済論的に合理性がなく、金員の期待運用利回りという観点から決定すべきことからすると年2%とするのが相当であり、そのライプニッツ係数は、29.07996である。
そして、生活費控除率を50%とすると、次の算式のとおり、1憶2201万3904円となる。
6,892,300×(1−0.5)×29.07996≒100,213,904 |
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ウ
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死亡慰謝料 3000万円 |
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エ
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弁護士費用 1314万1390円 |
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(被告らの主張) |
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遺失利益における控除すべき中間利息は、民法所定の法定利率5%とすべきである。 |
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(被告ネクスターの主張) |
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ア
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原告は、葬儀費用として120万円を主張しているが、本件証拠によれば、亡勇士の葬儀費用として支出されたのは41万4985円にすぎない。 |
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イ
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遺失利益の基礎収入は、亡勇士の学歴が大学4年中退であることからすると、高専・短大卒男子の平均年収を前提にすべきである。 |
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(被告ニコンの主張) |
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ア
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原告は、葬儀費用として120万円を主張しているが、丙16号証によれば45万8565円にすぎない。 |
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イ
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遺失利益の基礎収入は、亡勇士が自殺直前に得ていた年収441万6132円にすべきである。 |
| (5) |
過失相殺・素因減額(争点5) |
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(被告ネクスターの主張)
自殺は、通常本人の自由意思に基づいてなされるものであり、本件では、客観的に見て、亡勇士と同様の立場におかれた者の全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものとはいえず、亡勇士自身の心因的要因のほか過失として斟酌されるべき事情あるいは素因減額的要素となり得る個体的要因(父母の離婚、執着気質、父親の影響等)が存するものといえる。 |
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(原告の主張)
被告ネクスターの主張は争う。
亡勇士の性格は真面目で几帳面であったが、このような性格は、同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものとはいえず、損害額を減額する理由にはならない。 |
| (6) |
共同相続人が行使し得る請求権の範囲(争点6) |
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(原告の主張)
損害賠償請求権のような存否・金額について争いが多い債権については、証拠が散逸する前に債務者に対する債権の存否・金額について確定する必要があるところ、遺産分割協議が整うまで待つには時間がかかりすぎて不合理であること及び一人の債権者が、債務者から全額の給付を受けたとしても、その後に、債権者内部で清算すれば足りることに照らせば、相続人が複数いる場合の損害賠償債権は不可分として、損害賠償請求権の行使は、共同相続人のうち一人が単独で損害額全額の請求をすることができると解することができる。
また、仮に、前記損害賠償債権を可分と解したとしても、亡勇士の父親は行方不明であるので、保存行為(民法252条ただし書)として、原告が単独で行使し得る。 |
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(被告らの主張)
原告の本件請求は、相続により発生し得べき相続分に基づく請求権の範囲を明らかに法的に逸脱したものであり、本件ではその相続分を超えた部分を遺産分割協議等により取得した等の事情もない以上、原告の前記主張には理由がない。 |