| 第3 |
争点に対する判断 |
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前記前提事実、掲記証拠並びに証人E、同F(以下「F」という。)、同G(以下「G」という。)、同H(以下「H」という。)の各証言及び原告の尋問結果を総合すると、次の事実が認められる。 |
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亡勇士の身上経歴等 |
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ア
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亡勇士は、昭和50年11月19日、Aと原告との間の次男として、東京都目黒区にて出生した。兄弟には、2歳年上の兄である上段揚一(以下「揚一」という。)と2歳年下の弟である上段寧実(以下「寧実」という。)がいる(甲2、12、丙14及び15の各1及び2)。 |
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イ
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亡勇士は、昭和57年4月、東京都目黒区立I小学校に入学し、昭和60年4月、同区立J小学校に転校し、昭和62年6月、東京都足立区立K小学校に転校し、昭和63年3月、同小学校を卒業した(丙18)。
亡勇士は、同年4月、東京都足立区立L中学校に入学し、平成3年3月、同中学校を卒業した。亡勇士は、同中学校において、クラスでは体育係、班長及び学級委員をそれぞれ務め、生徒会では1年生後期・2年生前期には生徒会副会長を、2年生後期・3年生前期には生徒会長をそれぞれ務め、クラブ活動では中学3年間陸上部に所属し、球技大会実行委員長も努めており、また、学業成績上の問題はなかった。亡勇士は、視力以外は、特段、健康上の問題はなかった。亡勇士は、中学3年間を通じて、真面目、努力家でると評され、忙しい中、嫌といわずに仕事を引き受ける面を有し、学校内ではリーダー的存在であった。ただし、亡勇士は、中学3年生の2学期半ば以降は、悩み顔を見せていた(甲55)。
亡勇士は、平成3年4月10日、東京都立航空工業高等専門学校電子工学科に入学し、平成8年3月18日、同高等専門学校を卒業した。亡勇士は、同高等専門学校において、取得単位92単位中、英語等の17単位(いずれも成績は良)を除き、全て優という優秀な成績を収めていた(甲56、57の1ないし4の各1ないし3)。
亡勇士は、平成8年4月1日、東京都立大学工学部電気工学科3年生に編入学し、平成9年9月30日、同大学を退学した。亡勇士は、同大学において、27単位取得し、その取得単位の成績は、英語U、電気工学実験第三、電機工学演習第三及び電気回路学第ニの9単位を除き、全て優であった。亡勇士は、財団法人実吉奨学会より、平成8年4月1日から平成10年3月31日までの期間、月額3万円の奨学金の貸与を受け、日本育英会より、平成8年4月から平成10年3月までの期間、月額3万5000円の奨学金の貸与を受けることになっており、前記退学までその貸与を受けていた。亡勇士は、同大学の平成8年度学生定期健康診断においては、特段、健康上の問題はなく、身長170.9cm、体重62.5kgであった(甲13、14の1及び2、60、68)。
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ウ
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亡勇士は、出生後、前記家族とともに生活し、東京都目黒区、東京都足立区等、東京都内を6回転居し、それに伴い前記のように小学校を転校した。ただし、父のAには放浪癖があったため、家庭では父親が不在であることが多かった。Aと原告は、Aのギャンブル癖等のため、亡勇士が中学3年生であった平成2年11月21日に協議離婚した。原告は、離婚までは公立小学校の教師をしていたが、退職して編集に関する自営業を営むようになった(甲2、12、60、101、丙14及び15の各1及び2)。 |
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亡勇士の勤務状況等 |
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ア
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被告ネクスター入社から昼夜交替勤務開始まで |
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(ア)
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亡勇士は、平成9年10月、将来のアメリカ留学費用を貯めるため職を探していたところ、就職情報誌で寮のある被告ネクスターを見つけ、同社の社員募集に応募した。
亡勇士は、同月20日、被告ネクスター従業員Mに連れられ、同年9月からステッパーの増産を計画しており、請負社員・派遣社員の増員を行っていた被告ニコンの本件製作所において働くため、被告ニコン従業員で本件製作所の従業員労務管理と派遣元会社・請負会社の窓口業務を担当していたN(以下「N」という。)及び第二品質保証課マネージャーO(以下「O」という。)と面接した。その後、亡勇士は、同年10月27日付で被告ネクスターに入社し、同日、Nより、本件製作所勤務についての説明を受け、本件製作所の勤務を開始した。
亡勇士は、被告ネクスターの寮として埼玉県熊谷市※※※※※※所在のP206において、親元を離れて初めて同僚と二人で居住することになった。亡勇士は、食事は自炊することにしていた(甲5、60、61、乙65、丙18)。 |
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(イ)
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亡勇士は、本件製作所において、ステッパー完成品の検査を行う第二品質保証課成検係に配属された。その当時の第二品質保証課の長はマネージャーのOであり、同課成検係の長はチーフのGであった(同係は、平成10年10月にソフト検査を行う第二成検係とその他を行う第一成検係に分かれ、亡勇士は第一成検係の配属となった。(乙49、53)
本件製作所は、被告ニコンにおいて、ステッパー生産の主力工場であり、その見取図は、別紙図面のとおりであり、亡勇士が配属された第二品質保証課成検係のステッパー検査員は、同図面の「6号舘」内のクリーンルーム内でステッパー検査を行っていた(甲78の1及び2、乙49)。 |
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(ウ)
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亡勇士は、平成9年10月27日から同年12月14日まで、被告ニコン従業員の通常勤務と同様の勤務時間で就業し、ステッパーの社内検査を担当した。亡勇士の前記期間の勤務時間は、別紙就業週報記載のとおりであり、時間外労働は、同年11月19日の2時間及び休日の同年12月14日の9時間半であった(甲10の1ないし3)。 |
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(エ)
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亡勇士は、平成9年12月6日、本件交替勤務と同様の勤務時間・シフトに就くため、埼玉県Q病院において、被告ネクスターの費用で健康診断を受け、身長172.4cm、体重60.0kg、血圧124/80と測定され、視力検査、聴力検査、胸部レントゲン検査及び血液検査等において特に異常は見られなかった(丙3の1。原告は、被告入社時の亡勇士の体重は65kgであったと主張するが、前記のとおり、平成8年度の東京都立大学の学生定期健康診断において、亡勇士の体重は62.5kgであったこと、入社から1か月強経過した段階で亡勇士の体重が60.0kgと測定されていること及び入社からその測定時までに亡勇士に健康上の問題があったとは認められないことに照らせば、前記原告の主張は採用できない。)。 |
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(オ)
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亡勇士は、被告ネクスターからの給与を旧さくら銀行の普通預金口座への振込送金を受けていたが、平成10年8月の給与分まで、毎月、給与振込後、ほぼ全額引き出していた(甲48の1ないし4)。 |
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(カ)
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亡勇士は、前記期間において、原告に対して、目が疲れると訴えていた程度で、後期のような特段の訴えをしておらず、むしろ、留学資金を貯めるという目標に向けて意気揚揚としている様子であった。
また、亡勇士は、平成9年11月11日、原告の岩手県一関市の実家(以下「原告実家」という。)への引越しを手伝いに行き、そこで一泊した(甲61)。 |
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イ
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昼夜交替勤務からソフト検査実習開始まで |
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(ア)
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平成9年12月 |
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a
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亡勇士は、同月15日から、被告ニコン従業員の本件交替勤務と同様の勤務時間・シフトでステッパーの社内検査に従事し始めた。亡勇士の、同月の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり、夜勤は同月15日ないし17日、同月25日及び26日の5日間であって、時間外労働は、同月15日(夜勤)及び26日(夜勤)に各1時間であった(甲10の3)。 |
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b
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亡勇士は、原告に対し、昼間はうまく眠れない、胃の調子が悪いと訴えていた。亡勇士は、同月27日から、原告実家に帰省した(甲61)。 |
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(イ)
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平成10年1月
同月の亡勇士の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり、夜勤は同月8日ないし10日、同月19日ないし21日、同月29日ないし31日の9日間であって、時間外労働は、同月14日及び17日に各1時間であった(甲10の4、丙11の1)。 |
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(ウ)
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平成10年2月 |
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a
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同月の亡勇士の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり、夜勤は同月9日ないし11日、同月19日ないし21日の6日間であって、時間外労働は、同月4日ないし7日、同月16日、同月19日(夜勤)、及び同月25日に各1時間半、同月7日に1時間であり、休日勤務は同月15日に8時間半であった(甲10の5、丙11の2)。 |
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b
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亡勇士は、同月13日、原告実家で一泊した。その際、原告に対し、下痢、軽い吐き気等を訴えていた。亡勇士は、同年3月に予定された台湾出張につき、家族で初めて海外に行くことになると考え、張り切っていた(甲61)。 |
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(エ)
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平成10年3月 |
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a
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同月の亡勇士の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり(ただし、同月10月、23日及び24日は台湾出張の移動日。)、夜勤は同月2日ないし4日の3日間であって、時間外労働は、同月2日(夜勤)、13日及び18日の各1時間半、3日(夜勤)に1時間であり、休日勤務は同月8日及び16日に各10時間、同月11日に11時間、同月17日に12時間であった。
亡勇士は、同月10日から24日まで、ステッパーの納入検査のため台湾に出張しており、その際の勤務形態は、納入先に合わせて、午前9時始業の昼勤であった(甲10の6、35の1、丙11の3)。 |
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b
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亡勇士は、原告に対し、前記台湾出張について、すごく疲れた、忙しくて食事が摂れない、眠い、胃腸がおかしい旨訴えていた(甲61)。 |
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(オ)
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平成10年4月 |
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a
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同月の亡勇士の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり、夜勤は同月2日ないし4日、同月23日ないし25日の6日間であって、休日出勤は同月29日に10時間であった。なお、同月13日から15日は本来のシフトでは夜勤であったが、昼勤にシフト変更された(甲10の7、丙11の4)。 |
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b
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亡勇士は、同月16日、前記台湾出張のおみやげをもって原告実家に訪れた際、原告に対し、食事がきちんと摂れない、趣味のトレーニングや勉強ができない、慢性的に胃が痛く、下痢も続いているなどと訴えた。その際、原告は、亡勇士の顔色が悪いと思った(甲61、なお、原告は甲37号証上の亡勇士の写真は被告ネクスター入社前である平成9年10月23日に撮影したものであると主張するが、丙18号証の亡勇士が被告ネクスターに入社するに当たって使用した履歴書に添付された写真に照らすと、前記原告の主張は採用できない。)。 |
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(カ)
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平成10年5月 |
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a
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同月の亡勇士の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり、夜勤は同月8日及び9日、同月18日ないし20日、同月28日ないし30日の8日間であって、時間外労働は、同月13日、18日(夜勤)及び29日(夜勤)に各1時間半、同月14日に1時間であり、休日勤務は同月1日に8時間、同月24日に7時間半であった(甲10の8)。 |
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b
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亡勇士は、原告に対し、食事が1日2回しか摂れない、ステッパー検査により疲れる旨訴え、被告ニコンにおける大幅なリストラの噂を話した。また、亡勇士は、同月21日に原告実家を訪れた際、原告に対し、食事は1日に2回であること、ステッパー検査自体は難しくはないが疲れる、食べ物の味がわからない旨訴え、被告ニコンにおけるリストラの話をした(甲61)。 |
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(キ)
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平成10年6月 |
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a
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同月の亡勇士の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり、夜勤は同月8日ないし10日、同月18日ないし20日、同月29日及び30日の8日間であって、時間外労働は、同月24日に2時間、同月18日(夜勤)、20日(夜勤)及び25日に各1時間半、同月5日及び26日に各1時間であり、休日勤務は同月14日に7時間半であった。なお、同月13日から15日は本来のシフトでは夜勤であったが、昼勤にシフト変更された(甲10の9)。 |
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b
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亡勇士は、原告に対し、疲れているので今月は原告実家に帰省しない、食べ物の味の違いが分からない旨訴えた(甲61)。 |
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(ク)
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平成10年7月 |
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a
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同月の亡勇士の勤務時間は別紙就業週報記載のとおりであり、夜勤は同月1月、同月9日ないし11日であって、時間外労働は、同月22日に5時間半、同月21日に5時間、同月27日に3時間半、同月7日に1時間半、同月9日(夜勤)及び17日に各1時間であり(時間外労働合計17時間半)、休日勤務は同月23日及び同月24日に各15時間半、同月25日に14時間半、同月30日に12時間半、同月26日に11時間、同月5日に9時間、同月31日に7時間半であった(休日労働合計85時間半)。
亡勇士は、同月20日から翌月4日まで、ステッパーの納入検査のために宮城県黒川郡R村に出張しており、その際の勤務時間の開始時刻は、同月2日及び3日の午後1時始業を除いて、納入先に合わせて午前9時であり、その勤務形態は昼勤であった(甲10の10、35の1、乙5の1、丙11の5)。 |
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b
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亡勇士は、同月28日夜、前記出張先から原告実家に帰省した。その際、亡勇士は、原告に対し、出張中の睡眠不足を訴えた。原告は、亡勇士の顔色が前回会った時よりも悪くなっており、食べる量も減っていると感じた(甲61)。 |