『判決』



ステッパー検査
 
(ア)
 前記認定事実によれば、亡勇士は、本件製作所勤務中、平成11年1月14日までは、主にステッパーの社内検査を担当し、その期間中、3度、出張して、納入検査を担当し、同日から同年2月7日までは、ソフト検査のうち、通常の社内検査と同様の主要検査項目に沿った数値の検証を行う精度取りにつき実習し、その後、再度、社内検査を担当している。
 
(イ)
 前記認定のとおり、社内検査については、概ね3か月の実習により習得されるもので、原則としてマニュアルに沿って行われ、また、検査データの測定中に待ち時間が生じ、その時間中にマニュアルの検討、検査チェックシートの作成等を行っていることからすると、甲72号証あるいはF証言のように、過度の身体的精神的負担を伴う作業であるとまではいえない。
 
(ウ)
 前記認定のとおり、納入検査自体については、社内検査と同様の手順で行われるが、顧客先に出張して行われること、前記認定の亡勇士の納入検査の状況のように、シフトとしては納入先に合わせて昼勤とほぼ同時間帯の勤務となるが、納期があるためにかなりの時間外労働・休日労働を伴うことからすると、前記社内検査と比較して、より身体的精神的負担を伴う作業といえる。
 
(エ)
 前記認定のとおり、ソフト検査のうち亡勇士が担当したのは、通常の社内検査と同様の主要検査項目に沿った数値の検証を行う精度取りについての実習であるが、そのソフト検査自体は、社内検査と比較して、習得のために1年という長期の実習期間を要し、内容的にステッパーに関するより高度な知識・検査技能を要するものであり、さらに、設計者・技術者と電子メールで協議しながら行われるものでもあることからすると〔現に、亡勇士も、ソフト検査実習を行っていた際には、電子メールにより設計者・技術者と協議しながら検査をしていた(甲29、30、乙18の1及び2、乙48、56)。〕、前記社内検査と比較して、より身体的精神的負担を伴う作業といえる。

クリーンルーム
 前記認定のとおり、亡勇士は、本件製作所内のクリーンルーム内でステッパー検査を行っていたが、そのクリーンルーム自体はIC製造のために高度の清浄度、一定温度・湿度を保たれており、感光防止のために黄色の蛍光灯が用いられ、その入室には防塵のためのクリーン着(防塵服)、帽子及びクリーン靴の着用並びに数十秒間のエアーシャワーの沐浴を要求され、さらにトイレに行くには一旦クリーンルームを出て、再度前記手順を踏んで入室しなければならず、前記認定のクリーンルーム及び照明に関する医学的見解等に照らせば、本件製作所内のクリーンルーム内の作業は一般的な作業現場における作業と比較して、より精神的負担を伴う作業といえる。

引越し
 
(ア)
 前記認定事実によれば、亡勇士は、被告ネクスターにより、平成10年12月中ころ、入社以来、寮として居住してきたアパートから引越しを求められ、翌平成11年1月5日、本件居室に引っ越したが、その部屋の広さやガスコンロでなく電熱器であったことにつき不平をいっていたことが認められる。
 
(イ)
 しかし、E及び原告の尋問結果によれば、亡勇士は、被告ネクスターから提示された二つのアパートから本件居室を選択していることが認められる。また、原告は、本件居室は4畳半で狭く、足も伸ばせない旨供述しているが、本件証拠上、本件居室の間取り、亡勇士の家財道具の種類・量は分からず、また、前記認定の亡勇士の身長(約172cm)に照らせば、前記本件労働省通達に照らしても、前記引越しの事実が通常以上の身体的精神的負荷を伴うものとまではいえない。

リストラ
 
(ア)
 前記認定によれば、被告ニコンが、平成10年春先に、請負社員・派遣社員の縮小方針を打ち出した中、亡勇士が所属していた本件製作所第二品質保証課成検係の請負社員・派遣社員のうち(平成10年当時約50名)、平成10年1月から同年6月までに7名が退職し、同年七月末には1名、同年8月末には被告ネクスターの同僚であったFを含む2名、同年9月末には3名が契約終了になり、さらに、同年12月末には6名が契約終了となり、平成10年7月27日には同係の請負社員・派遣社員は47名いたが、平成11年1月15日には35名となり、被告ネクスターの社員は亡勇士だけとなったことが認められる。
 
(イ)
 そして、前記認定事実によれば、亡勇士は、原告に対し、平成10年5月には、大幅なリストラの噂を訴え、同年8月には同僚の解雇について不安を訴えていることが認められ、亡勇士の前記各訴えは、前記(ア)の請負社員・派遣社員の退職状況等の事実に符合している。
 
(ウ)
 弁論の全趣旨によれば、亡勇士が、被告ネクスターないし被告ニコンから、解雇通告を受けていないことが認められるが、前記(ア)の請負社員・派遣社員の退職状況等は、被告ニコンの従業員でない亡勇士にとって、解雇の不安をもたらすものであったといえ、通常以上の精神的負担になっていたといえる。
 
(エ)
 しかし、前記請負社員・派遣社員の縮小方針を打ち出すもとがIC市場の長期停滞にあることに照らし、前記認定の請負社員・派遣社員の退職状況と亡勇士の業務状況とを対比すると、本件証拠上、原告が主張するように請負社員・派遣社員の退職により亡勇士の仕事量が増加したとはえない。

退職拒否
 
(ア)
 前記認定によれば、亡勇士は、平成11年2月23日及び同月24日、Eに対し、同月末に退職したい旨の申出をしたが、Eからは、同月末の退職は難しいとされつつ、退職については被告ニコンとの打合せを要するとして、回答をもらえなかったこと、さらに、同月25日の夜勤勤務時には、亡勇士は被告ニコンより回答をもらえると考えていたが、被告ニコンから回答Wもらえず、Eが、被告ニコンに対し、前記亡勇士の退職申出について報告したのは、同年3月3日であったことが認められる。
 
(イ)
 甲5号証及び丙2号証によれば、被告ネクスターの就業規則において自己退職の場合には14日間までに退職届を出さなければならない旨の定めがあることが認められる。
 
(ウ)
 以上の事実によれば、前記亡勇士の退職申出に対し、被告ネクスターないし被告ニコンが即時に回答しなかったこと自体は拒否したとまでは評価できないが、それが亡勇士の自殺の引き金になったことは否めない。

派遣労働者ゆえの身体的精神的負担
 
(ア)
 乙1号証の1及び2、乙65号証及び弁論の全趣旨によれば、被告ネクスターは、被告ニコンとの間の業務請負という契約形態によって、亡勇士に本件製作所におけるステッパー検査等の業務を行わせていたといえる。
 
(イ)
 しかし、乙4号証の1、3ないし5によれば、亡勇士の所属していた品質保障部第二品質保証課の名簿において、亡勇士は「人材派遣者」欄に記載されていたことが認められる。また、G証言によれば、被告ニコンの社員は、本件製作所で、人材派遣あるいは業務請負等の契約形態を問わず、外部からの就労者を派遣社員と呼んでいたこと及び亡勇士に対するシフト変更、残業指示等の業務上の指示は、被告ネクスターを通さず、被告ニコンが直接行っており、亡勇士はそれに従って業務についていたことが認められる。さらに、本件証拠上、人材派遣の契約形態で本件製作所内で作業している者と業務請負の契約形態で本件製作所内で作業している者との間で、被告ニコンの労務管理等における対応が格別異なるとはいえないことに照らせば、原告が主張している被告らに労働者派遣事業法の潜脱があったかどうかは格別、本件製作所において就業する外部からの就業者は、人材派遣あるいは業務請負等の契約形態の区別なく、同様に、被告ニコンの労務管理のもとで業務に就いていたといえる。
この点、被告らは、契約上、被告ネクスターが、その従業員を管理し、直接命令する者として現場責任者を選任することとしており、その現場責任者には、平成9年10月27日から平成10年12月までは被告ネクスター熊谷営業所従業員Dが、平成11年1月以降は同営業所従業員Eが就任し、本件製作所内に常駐していたわけではないが、その現場責任者が亡勇士を管理していたと主張する。しかし、E証言によれば、労働時間の管理については、被告ネクスターは月末に被告ニコンからの労働時間の報告を受けて初めて当月の亡勇士の労働時間を把握しており、ステッパー検査等の本件製作所内における業務指示を一切しておらず、被告ニコンの派遣元会社・請負会社に対する窓口業務担当者と打合せをし、週に1回程度、亡勇士と面談しているだけにすぎないことが認められるので、上記被告らの主張は採用できない。
 
(ウ)
 そこで、外部からの就労者であること自体によって、通常以上の身体的精神的負担があったといえるか検討する。
 
a
 原告は、外部からの就労者であるため、弱い立場にあり、言いたいこともいえず、正社員が引き受けないような嫌な仕事や時間外労働・休日出勤を余儀なくされた旨主張する。
しかし、乙6号証の1ないし18の各イないしレにより認められる本件交替勤務に就いている被告ニコン従業員の平成9年10月から平成11年2月までの時間外労働・休日出勤と前記認定の亡勇士の時間外労働・休日出勤(ただし、平成11年1月24日から同年2月7日までの連続15日間勤務を除く。)とを比較考慮しても、前記原告が主張するような正社員が引き受けないような時間外労働・休日出勤を余儀なくされた事実を認めることはできない。そして、本件証拠上、他に前記原告が主張する事実を認めるに足りる証拠は存しない。
 
b
 ただし、前記認定のとおり、亡勇士は、被告ニコンの従業員ではなく、外部からの就労者であるため、平成10年春先からの被告ニコンの請負社員・派遣社員の縮小方針に基づく同社員の契約終了等による退職等により、解雇の不安におそわれたといえ、その点については、通常以上の精神的負担を被っていたとはいえる。
 
c
 なお、原告は、亡勇士は、外部からの就労者であるため、被告ニコンによる健康管理の埒外におかれた旨主張するが、この点は、業務の過重性の問題というよりも、むしろ、被告らの安全配慮義務に関する問題と考えられるので、その安全配慮義務の判断の中で検討することとする。

亡勇士の業務の過重性
(ア)
 前記(1)ア本件労働省通達によると、客観的に精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められるか否かの判断において用いられる本件評価表1の「平均的な心理的負荷の強度」欄の「具体的出来事」欄に、「仕事内容・仕事量の大きな変化があった」(心理的負荷の強度II)、「勤務・拘束時間が長時間化した」(心理的負荷の強度II)、「勤務形態に変化があった」(心理的負荷の強度I、ただし、修正視点として「交代勤務、深夜勤務等変化の程度表」がある。)、「退職を強要された」(心理的負荷の強度III、ただし、修正視点として「解雇または退職強要の経過等、強要の程度、代替措置の内容等」がある。)という事項があり、「出来事に伴う変化等を検討する視点」欄には、「仕事の量(労働時間等)の変化」、「職場の物的、人的環境の変化」、「支援・協力等の有無」があり、仕事内容・仕事量の変化、勤務・拘束時間の長時間化、勤務形態の変化、退職強要、職場の物的環境の変化及び支援・協力等の欠如が、そのないよう・程度によっては、精神障害を発病させるおそれがある強い心理的負担になることが認められる。
(イ)
 他方、前記1の(2)認定事実によれば、亡勇士の業務のうち、次の事項が通常以上の身体的精神的負荷があったと考え得る。
 
a
平成10年7月及び平成11年1月の過度の時間外労働・休日労働(平成10年7月103時間、平成11年1月77時間)
 
b
過度の時間外労働・休日労働を伴った納入検査のための海外出張(初めての納入検査のための出張は、入社4か月後であった。)
 
c
平成11年1月24日から同年2月7日までの時間外労働・休日労働を含んだ連続15日間の初めてのソフト検査実習(この間、指導員が付かずに実習を行っていた日が3日間あり、また、指導員が亡勇士より先に退社した日が3日間ある。)
 
d
仮眠をとれない状態の夜勤を含む昼夜交替勤務(夜勤時にも時間外労働をさせられ、平成10年12月10日から同月12日までは3日間連続で夜勤時の時間外労働をさせられた。
 
e
クリーンルーム内でも検査作業
 
f
請負社員・派遣社員の縮小方針に基づく退職等による外部からの就労者としての解雇の不安

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