『判決』


(ウ)
 以上を総合して、亡勇士の業務状況を業務過重性の視点により、時系列的に整理すると次のようにいえる。
亡勇士は、被告ネクスター入社後、本件製作所内のクリーンルーム内で昼勤でステッパーの社内検査に従事し(前記e)、平成9年12月15日より本件交替勤務に沿った昼夜交替勤務に変更され(前記d)、平成10年3月には、入社4か月で台湾に過度の時間外労働・休日労働を伴った納入検査のための出張を行い(前記b)、同年7月は過度の時間外労働・休日労働を行うとともに(前記a)、宮城県に納入検査のための出張に行き(前記b)、同年の夏ころには、請負社員・派遣社員の退職等により、解雇の不安におそわれ(前記f)、同年9月中旬から同年10月にかけて夜勤を昼勤に変更され、夜勤に伴う負担は一旦は軽減されたものの、同年11月より昼夜交替勤務に再度変更され(前記d)、翌月12月には再度台湾に納入検査のための出張に行き(前記b)、翌年1月には、過度の時間外労働・休日労働を行い(前記a)、同月24日から同年2月7日までの時間外労働・休日労働を含んだ連続15日間の初めてのソフト検査実習に従事した(前記c)。
(エ)
 以上によれば、亡勇士の業務においては、時間外労働・休日労働が連続して1か月100時間にも及ぶというような数値として現れていないものの、十分な支援体制がとれていない状況下において過度の仕事量ないし勤務・拘束時間の長時間化があり(前記aないしc)、また、亡勇士は過度の身体的精神的負担を伴う勤務形態(前記d)及び勤務環境(前記e)において勤務し、さらに、解雇の不安(前記f)におそわれていたといえる。
 そして、前記認定上の通常以上の身体的精神的負担があったと認められるaないしeの内容及び程度に照らせば、亡勇士の業務には、精神障害を発病させるおそれがある強い心理的負担があったと評価することができる。

争点2(亡勇士のうつ病罹患の有無及び業務起因性)について
(1)
うつ病の罹患について

うつ病等に関する医学的見解
 
(ア)
 大月三郎は、気分障害(精神障害・躁うつ病並びにその他の感情障害)の原因として、生体リズム(睡眠・覚醒リズムのような日周リズム)の乱れをあげており、うつ状態の特徴として、(1)抑うつ、悲哀感、意気消沈、イライラ感、(2)思考制止と悲観的、自責的思考、(3)活動性減退、行為制止、(4)食欲低下と体重減少、性欲減退、(5)不眠(特に早朝覚醒)、(6)日内変動(症状が全般的に朝方に悪く、夕方には改善する)を挙げ、うつ病の診断基準につき、次の3つの項目が認められる場合としている。
 
a
気分抑うつ(悲哀、沈うつ、意気消沈、失望、落胆、イライラ感等)
 
b
次にうち4ないし5以上認められる(甲7)。
(a)食欲減退、体重減少
(b)睡眠障害(特に早朝覚醒)
(c)身体不調感(易疲労性、頭重、その他)
(d)精神運動制止、あるいは激越
(e)興味関心の喪失、性欲減退
(f)自責感、罪業感(妄想的となりうる)
(g)思考渋滞、集中力低下
(h)自殺念慮、希死念慮
 
c
上記a、bが2週間以上持続し、他の精神障害に続発したものではなく、一次性に発来したもの。また、症状の日内変動(午前に悪く午後によい傾向)に留意する。
 
(イ)
 産業医科大学の平成10年度労働省委託研究としての深夜業の健康影響に関する調査研究において、企業における深夜・交替制勤務従事者に関する産業医アンケートの結果として配置転換理由の最多は精神神経疾患(21.3%)であり、深夜・交替制勤務と精神神経疾患との関係が示唆されたと結論づけられている。また、精神神経疾患による配置転換事例を多く報告した事業場は、クリーンルーム内作業が主であり、ウェアの不便さ、立ち作業の多さ、閉鎖圧迫感等のクリーンルーム特有のストレッサーにより、ストレス反応を引き起こしやすいという報告もあり、この精神神経疾患事例とクリーンルーム内作業との関連も考えられたと指摘されている(甲32)。
また、産業医科大学産業生態科学研究所作業病態学研究室の有松まゆり、北原佳代、百田康紀及び東敏昭は、平成11年5月開催の第72回日本産業衛生学会において、企業における深夜・交替制勤務従事への健康配慮と題して、深夜・交替制勤務労働者に対する配置転換事例等についてのアンケートの結果として配置転換理由の最も多い理由は精神神経疾患(21.3%)であったとしている(甲15)。

ICD-10について
(ア)
 ICD-10の第5章「精神及び行動の障害」における「臨床記述と診断ガイドライン」(以下「CDDG」という。)によれば、次のとおり、うつ病の典型的症状と他の一般的症状を定め、(1)下記「典型的症状」のうち少なくとも二つ、下記「他の一般的症状」のうち少なくとも二つをもち、それらの持続時間が2週間以上である場合には軽症うつ病エピソード(通常、症状に悩まされて日常の仕事や社会的活動を続けるのにいくぶん困難を感じるが、完全に機能できなくなるまでではない。身体症候群を伴うという場合は、下記「身体的症候群」が4つ以上若しくは2つないし3つでもそれが非常に重い場合をいう。)と診断され、(2)下記「典型的症状」のうち少なくとも二つ、下記「他の一般的症状」のうち少なくとも3つ(4つが望ましい)をもち、それらの持続時間が2週間以上である場合には中等症うつ病エピソード(通常社会的、職業的あるいは家庭的な活動を続けていくことがかなり困難になる。身体症候群を伴うという場合は、下記「身体的症候群」が4つ以上若しくは2つないし3つでもそれが非常に重い場合をいう。)と診断され、(3)下記「典型的症状」の3つ、下記「他の一般的症状」のうち少なくとも4つをもち、それらのいくつかが重症であり(ただし、激越や精神運動制止等の重要な症状が顕著である場合には不要)、それらの持続時間が2週間以上である場合(症状がきわめて重く急激な発症であれば2週間未満でも良い。)には重症うつ病エピソード(精神病症状を伴わないもの。ごく限られた範囲のものを除いて、社会的、職業的あるいは家庭的な活動を続けることがほとんどできない。制止が顕著でなければ、患者は通常かなりの苦悩と激越を示す。自尊心の喪失や無価値感や罪責感をもちやすく、特に重症な症例では際だって自殺の危険が大きく、身体的症候群はほとんど常に存在する。)と診断される(甲58)。
 
a
典型的症状
(a)抑うつ気分
(b)興味と喜びの喪失
(c)活力の減退による易疲労感の増大や活動性の減少
 
b
他の一般的症状
(a)集中力と注意力の減退
(b)自己評価と自信の低下
(c)罪責感と無価値感
(d)将来に対する希望のない悲観的な見方
(e)自傷あるいは自殺の観念や行為
(f)睡眠障害
(g)食欲不振
 
c
身体的症候群
(a)ふつうは楽しいと感じる活動に喜びや興味を失うこと
(b)ふつうは楽しむことができる状況や出来事に対して情動的な反応性を欠くこと
(c)朝の目覚めが普段より2時間以上早いこと
(d)午前中に抑うつが強いこと
(e)明らかな精神運動制止あるいは焦燥が客観的に認められること(他人から気づかれたり報告されたりすること)
(f)明らかな食欲減退
(g)体重減少(過去1か月間で5%以上と定義されることが多い)
(h)明らかな性欲減退
(イ)
 ICD-10の第5章「精神及び行動の障害」におけるCDDGより厳格な基準とされる「DCR」(研究用診断基準、以下「DCR」という。)によれば、うつ病エピソードが認められるには、(1)うつ病エピソードが少なくとも2週間続くこと、(2)対象者の人生のいかなる時点においても、軽躁病や躁病エピソードの診断基準を満たすほどに十分な躁病性症状がないこと、(3)うつ病エピソードが精神作用物質の使用あるいは器質性精神疾患によるものではないことを前提に、i下記症状のうち少なくとも2項があり、下記付加的症状をあわせて、下記症状との合計が少なくとも4項ある場合には軽症うつ病エピソード(下記身体的症候群のうち4項があれば身体的症候群があるといえる。)とし、ii下記症状のうち少なくとも2項があり、下記付加的症状をあわせて、下記症状との合計が少なくとも6項ある場合には中等症うつ病エピソード(下記身体的症候群のうち4項があれば身体的症候群があるといえる。)とし、iii下記症状の3項すべてがあり、下記付加的症状をあわせて、下記症状との合計が少なくとも8項あり、幻覚や妄想又は抑うつ性昏迷を欠く場合には精神病症状を伴わない重症うつ病エピソードとしている(甲85、93、94)。
a
症状
(a)対象者にとって明らかに異常で、著名な抑うつ気分が、周囲の状況にほとんど影響されることなく、少なくとも2週間のほとんど毎日かつ1日の大部分続く
(b)通常なら楽しいはずの活動における興味と喜びの喪失
(c)活力の減退による疲労感の増加
b
付加的症状
(a)自信喪失、自尊心の喪失
(b)自責感や、過度の不適切な罪悪感といった不合理な感情
(c)死や自殺についての繰り返し起こる考え、あるいは他の自殺的な行為
(d)思考力や集中力の低下の訴え、あるいはその証拠(例 優柔不断や動揺性の思考)
(e)焦燥あるいは遅滞を伴う精神運動性の変化(主観的なものであれ客観的なものであれ、いずれでも良い)
(f)いろいろなタイプの睡眠障害
(g)相応の体重変化を伴う食欲の変化(減退又は増進)
c
身体的症候群
(a)通常なら楽しいはずの活動における興味や喜びの顕著な喪失
(b)通常なら情緒的に反応するような出来事や活動に対する情緒反応性の不足
(c)朝、いつもの時刻より2時間以上早い覚醒
(d)午前中に悪い抑うつ
(e)顕著な精神運動制止あるいは焦燥が客観的に確認されること(他者に気づかれたり、報告されたりして)
(f)顕著な食欲低下
(g)体重減少(前月に比べ体重の5%以上)
(h)性的衝動の著名な減退

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