『判決』



亡勇士の症状等
 前記1記載の認定事実及び甲62号証によれば、次の事実が認められる。
(ア)
亡勇士の身上経歴等
 亡勇士は3人兄弟の次男として生まれたこと、家族とともに東京都内を6回転居し、小学校を2度転校したこと、中学校時代は、学業成績上の問題はなく、生徒会長を務めるなどリーダー的存在であったこと、父親は放浪癖のため家庭に不在気味であり、中学3年生の秋に父親のギャンブル癖等のため両親が離婚したこと、高等専門学校電子工学科に進学して優秀な成績で卒業し、東京都立大学の電子工学科に編入して優秀な成績を収めたが、卒業まで半年間を残して中退したことが認められる。
(イ)
亡勇士の被告ネクスター入社後の状況について
 
(ウ)
 
 
a
被告ネクスター入社から昼夜交替勤務開始まで
 亡勇士は、将来のアメリカ留学費用を貯めるために被告ネクスターに就職したこと、亡勇士は生まれて初めて親元を離れ、寮で一人暮らしを始めたこと、入社後1ヶ月程度経過した時点で体重は60kgであり、健康上何ら問題がなかった、原告に対し訴えるのは目が疲れる程度のことであり、留学費用の貯蓄という目標に向かって意気揚々としていたことが認められる。
 
b
昼夜交替勤務からソフト検査実習開始まで
 

(1)平成9年12月
 亡勇士は、原告に対し、昼間はうまく眠れない、胃の調子が悪いと訴えていた。
 

(2)平成10年2月
 亡勇士は、原告に対し、下痢、軽い吐き気等を訴えていたが、同年3月の台湾出張を控えて張り切っていた。
 
(b)
平成10年3月の台湾出張から同年7月の宮城県出張まで
 

(1)同年3月
 亡勇士は、原告に対し、台湾出張後、すごく疲れた、忙しくて食事が摂れない、眠い、胃腸がおかしい旨訴えていた。
 

(2)同年4月
 亡勇士は、原告に対し、食事がきちんと摂れない、趣味のトレーニングや勉強ができない、慢性的に胃が痛く、下痢も続いていた。原告は、亡勇士の顔色が悪いと感じた。
 

(3)同年5月
 亡勇士は、原告に対し、食事が1日2回しか摂れない、ステッパー検査は疲れる、食べ物の味が分からない旨を訴えた。
 

(4)同年6月
 亡勇士は、原告に対し、疲れているので原告実家に帰省しない、食べ物の味が分らない旨訴えた。
 
(c)
同年7月の宮城県出張から平成11年1月のソフト検査実習開始まで
 

(1)同年7月
 亡勇士は、原告に対し、出張中の睡眠不足を訴えた。原告は、亡勇士の顔色が従前より悪い、食べる量が減っていると感じた。
 

(2)同年8月
 亡勇士は、昼夜交替勤務に戻ったので、眠気と疲れがある旨訴えた。
 

(3)同年9月
 亡勇士は、原告に対し、昼勤であれば食事も規則正しくとれ、胃腸も落ち着いた旨を伝えた。
 

(4)同年10月
 亡勇士は、原告に対し、疲労感がとれない旨訴えた。
 

(5)同年11月
 亡勇士は、同月後半から、原告に対し、記憶力が低下し、集中できない、激しい頭痛がある、胃痛が再発した旨訴えた。
 

(6)同年12月
 亡勇士は、同月30日、原告に対し、寝ても疲れがとれない、頭が重いなどと体調不良を訴え、会社を辞めたいといい、翌31日には、簡単な単語を打ち間違える旨訴えた。
原告は、同日には、亡勇士に対し、嗅覚鈍麻及び味覚鈍麻があり、無表情でぼんやりしており、甘えがあると感じた。
 

(7)平成11年1月
 亡勇士は、原告に対し、目が重苦しいい、頭痛がひどい、電子メールに時間がかかる旨訴えた。
 

(8)なお、この間、亡勇士は、電気技術者主任者(2種)資格試験のため、平成10年9月及び同年10月に書籍を購入し、同年11月には、勉強において集中力を高めるために、通信販売でα波発生装置を購入している。
 
(d)
ソフト検査実習から自殺に至るまで
 

(1)同年2月18日
 亡勇士は、原告に対し、臭いも分らない、疲れてキーボードがかすむ、簡単な単語も何度も打ち間違える旨訴えた。
 

(2)同月19日
 亡勇士は、原告に対し、理科の簡単な問題が解けない、被告ネクスターを退職すると訴えた。原告は、亡勇士の体重が52kgに減少していることに驚いた。
 

(3)同月23日ないし同月25日
 亡勇士は、Eに対し、同月23日及び24日、退職の申出をしたが、はっきりとした回答をもらえず、また、同月25日に出勤した際、被告ニコンからも回答をもらえなかった。
 

(4)同月27日及び同月28日
 原告は、同月27日、電話の亡勇士の声に元気がなく、翌28日、電話の亡勇士の声に感情がないように感じた。

亡勇士のうつ病罹患の有無
 以上をもとに、亡勇士がうつ病に罹患していたか検討する。
(ア)
T.T医師(以下「T.T医師」という。)
 
a
 T.T医師は、甲60号証の意見書において、本件に関し、原告及び寧実との面談、甲1号証(死体検案書)、甲13号証(平成8年度東京都立大学学生定期健康診断結果)、丙3号証の1及び2(Q病院健康診断書)、甲55号証(中学校成績書)、甲56号証、甲57号証の1ないし4の1ないし3(高等専門学校成績書)、甲58号証(CDDG)及び原告及び被告らの主張を資料として、次のとおり結論づけており、T.T医師は当審においても同趣旨の証言をしている。
 
(a)
 亡勇士は、被告ネクスター就職以前は、心身ともに健康であった。
 
(b)
 亡勇士は、平成10年11月時点でICD-10の軽症うつ病エピソードが発症し、平成11年2月中旬まで持続した。
 
(c)
 亡勇士のうつ病エピソードは、平成11年2月中旬より憎悪し、ICD-10の中等症うつ病エピソードへと憎悪した。
 
(d)
 本人の生活歴、病前性格には、うつ病発病の特別の脆弱性は見られない。
 
(e)
 家族歴、家族状況も含め、仕事以外のことで、うつ病エピソードを発病させるストレス要因は、認められない。
 
(f)
 亡勇士のうつ病エピソードは、仕事に関連して起こった可能性が高い。平成11年1月に急遽劣悪な住環境に引越しさせられ、同年2月の退職申出にスムーズに対応してもらえなかったことが憎悪ストレスとなったと考えられる。
 
(g)
 被告らのニ交替制勤務者に対するメンタルヘルス管理には、不十分な認められる。
 
(h)
 亡勇士は、持ち前のガンバリズムで限界状態を乗り越えようとしていたが、うつ病エピソードは悪化していき、苦悩感は憎悪し、最後の切り札の退職申出の受理がスムーズに行かず、この苦悩に終わりがない旨の絶望感に陥り、さらに留学という目標の破綻等が加わり、自殺に至ったと思われる。
 同年1月半ばころから、時々自殺念慮がよぎる状態であったかもしれない。
 
b
 確かに、前記認定事実によれば、亡勇士については、昼夜交替勤務開始後、睡眠障害、胃腸障害、疲労感等の症状が現れており、特に平成10年7月の100時間を超える時間外労働・休日労働及び出張後には、相当強い身体的精神的負担が生じていたものであり、この状態をうつ病発症の前駆的症状というかはともかく(仮面うつ病と解する余地もある。)、T.T医師の意見書は、亡勇士の発症の時期を除いて、基本的な部分で是認できるといえる(この点、次項(イ)において詳述する。)。
 しかし、他方、前記意見書の前提となる亡勇士の症状等については、基本的に原告からの情報に基づいているところ、前記1で認定したものと異なる事実(入社時の亡勇士の体重が65kgであった事実等)も含まれており、平成11年9月半ばからは夜勤がなくなり、体調が回復傾向にあった(資格試験のための勉強意欲も出てきた。)ことについて特段検討されていない(前記認定によれば、平成10年10月は時間外労働は1時間であったにもかかわらず、前記意見書には亡勇士の残業がなくならない旨の訴えを前提にしている。)こと等に照らせば、亡勇士は、平成10年11月時点でICD-10の軽症うつ病エピソードが発症し、平成11年2月中旬まで持続し、同月中旬より憎悪し、ICD-10の中等症エピソードへと憎悪した旨の前記意見書及びそれに関するT.T証言については直ちにそのまま採用することはできない
(イ)
亡勇士のうつ病罹患の有無
 
a
 前記1のウの認定事実によれば、次の事実が認められる。
 亡勇士は、中学自体は学業成績上問題はなく、高等専門学校から大学中退までは優秀な成績を収め、また、健康上特に問題なく成長し、留学を目指して、意気揚々と被告ネクスターに入社し、昼夜交替勤務が始まるまでは精神及び身体上特に問題なく、本件製作所内での業務に従事していた。しかし、昼夜交替勤務開始後は、不眠、胃の不調、下痢等を訴え、平成10年3月の台湾出張後は、前記訴えに加え、疲労感・味覚鈍麻を覚え、同年7月の宮城県出張後は、前記訴えに加え、摂食量の低下が見られた。その後、平成10年9月半ばから夜勤がなくなり、体調回復の兆しがあり、電気技術主任者(2種)資格試験への準備を始めていた。しかし、同年11月中旬から再度昼夜交替勤務に従事してから、記憶力・集中力の低下、激しい頭痛、胃痛の再発、疲労感を原告に訴え、同年末には退職したい旨を訴え、また、味覚鈍麻及び嗅覚鈍麻が見られ、さらに、平成11年1月からの15日間連続の過度の時間外労働・休日労働を含むソフト検査実習後には、簡単な理科の問題が解けない、簡単な単語を打ち間違える等を訴え、入社時には60kg程度の体重が52kgまで減少した。その後間もなく、被告ネクスターに対し、同年2月末での退職を申し出たが、回答をもらえず、その後の自殺直前の原告との電話では元気なく、また感情がない状態であった。
 
b
 以上に加え、前記アのうつ病等に関する医学的見解及び前記イのICD-10の判断基準に照らせば、亡勇士は昼夜交替勤務を開始してから15日間連続の過度の時間外労働・休日労働を伴ったソフト検査実習までは、前記2で認定した通常以上の身体的・精神的負担のある業務に従事し続けたことにより、強い心理的負担におそわれ、精神障害の兆候とも見られる睡眠障害、疲労感、味覚鈍麻、嗅覚鈍麻、摂食量の低下、体重減少等が生じていたところに(ただし、平成10年9月中旬から同年10月までについては一旦は負担が減少している。)、15日間連続の過度の時間外労働・休日労働を伴った心理的負荷の高いソフト検査実習を行ったため、その後には簡単な理科の問題が解けない、簡単な単語を打ち間違える等を訴え、退職を申し出るに至っており、遅くとも前記ソフト検査実習後には、亡勇士はうつ病に罹患していたものと認められる。
 
c
 なお、H証言、F証言及びE証言等によれば、亡勇士は、真面目、物静か、こつこつタイプであり、気分障害(精神障害)の原因といわれ、うつ病親和性があるとされる執着性格が認められること(この点はT.T医師も証言の際に認めている。)、また、亡勇士が退職を申し出てから自殺に至るまでの状況を照らせば、被告らからの回答を待つだけの精神的余裕もないほど悲観的になったものと推定され、これは、結果的に見れば、うつ病の症状に合致しているものといえる。

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