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(ウ)
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被告ら提出の意見書等について
なお、亡勇士のうつ病罹患に関し、被告ニコンは、V医師の意見書(乙67、68、73)を提出し、被告ネクスターは、W医師(以下「W医師」という。)の意見書等(丙28の1及び2、30)を提出するが、いずれも主に前記T.T医師の意見書に対する反対意見であって採用すべき部分もあるが、これらの意見書は、主として、亡勇士の自殺について他の個体的要因をも十分検討すべきであるとするものであり、この点は後に検討する。 |
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業務起因性について
亡勇士の業務によって亡勇士が自殺したといえるか、すなわち、亡勇士の自殺の業務起因性につき検討する。 |
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ア
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自殺についての医学的見解等 |
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(ア)
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稲村博は、精神障害者の自殺率は一般人口のそれに比べ10から30倍であるといえる、精神疾患別の自殺率を見ると、うつ病が高く一般人口の35倍以上であり、次いで、他の精神病、アルコール障害、精神分裂病の順であり、精神分裂病でも一般人口の12倍以上であることを指摘している(甲59)。 |
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(イ)
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本件労働省通達においては、自殺の取扱いについて、下記のICD-10第5章のF0からF4に分類される多くの精神障害では、精神障害の病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから、業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発生したと認める者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し、原則として業務起因性が認められる、前記以外の精神障害にあっては、必ずしも一般的に強い自殺念慮を伴うとまではいえないことから、当該精神障害と自殺との関連について検討を行う必要があるとしている(甲95、乙20、丙21)。 |
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a
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F0 症状性を含む器質性精神障害 |
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b
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F1 精神作用物質使用による精神及び行動の障害 |
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c
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F2 精神分裂病、分裂性病型障害及び妄想性障害 |
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d
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F3 気分〔感情〕障害 |
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e
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F4 神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害 |
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イ
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T.T医師の意見書について
T.T医師の業務起因性に関する意見書(甲69)は、本件労働省通達も検討しつつ、本件製作所における亡勇士の業務は過重であり、かつ、被告らは、そのような中で慢性疲労状態に陥った亡勇士に対し、有効なサポートを怠り、結果として、亡勇士はうつ病を発症するに至ったとし、業務起因性を肯定している。
しかし、同意見書は、昼夜交替勤務における夜勤と昼勤における深夜にわたる残業とを同レベルで論じている部分があることや前記甲60号証の意見書を前提にしていること等に照らすと、直ちにそのまま採用することはできない。
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ウ
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業務起因性の有無 |
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(ア)
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前記3(1)の判断によれば、亡勇士は、前記ソフト検査実習後には、うつ病に罹患していたということができ、また、争点1における判断によれば、亡勇士の業務には精神障害を発病させるおそれがある強い心理的負担があったといえる。 |
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(イ)
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そこで、業務以外に亡勇士の自殺の原因があるか否かについて検討する。 |
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a
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被告らは、亡勇士の自殺の原因として、生活苦・借金苦による大学中退及びその後の借金という事実がある旨主張し、これに沿うかのような書証ないしH証言等もあるが、前記認定の亡勇士の受けていた奨学金、亡勇士の貯蓄状況、原告の尋問結果に照らせば、亡勇士が本件製作所勤務当時に家族の借金の取立てに追われていた等の事情までは認めるに足りない。 |
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b
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また、揚一ないし原告への金員の貸与については、その貸与時の亡勇士の保有預金残額及びその貸与金額に照らせば、その貸与の合計額は亡勇士の預金金額のおよそ2分の1程度であり(甲48の1ないし5)、前記本件労働省通達に照らせば、一定程度の精神的負担になっていたことは否定できない。しかし、前記のとおり、亡勇士は、平成10年秋ころからは資格試験のための勉強をしており(留学のためとは認められない。)、本件証拠上、預金の一次的喪失が自殺の直接の原因となる事実とまでは認めるに足りない。 |
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c
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また、本件に固有の事情として、前記のとおり、亡勇士が退職を申し出てから自殺に至るまでの状況に照らせば、被告らからの回答を待つだけの精神的な余裕もないほど悲観的になったものと推定されるところ、その要因の一つには、退職が先に延ばされてしまうと、資格試験の準備が間に合わないという焦りもあったのではないかと考えられる(もちろん、自殺の真の原因は本人しか分らないものであり、軽々に推測することは慎むべきであるが、自殺直前に被告ネクスターのEに対して亡勇士が述べていた言葉からすると、このような推測も不当とはいえないであろう。)。 |
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(ウ)
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そして、うつ病の場合、急激に症状が進行して自殺に至ることがあるとの医学的知見等に照らせば、亡勇士の自殺の原因の重要な部分は、業務の過重性に基づくうつ病にあるというべきであり、業務起因性を肯定することができる。もっとも、本件事案は、常軌を逸した長時間労働により精神障害を発症して自殺したケースとは異なるものであり、自殺の原因となり得る他の要因が寄与していることにも留意すべきである。 |
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争点3(被告らの安全配慮義務違反ないし不法行為責任の有無)について |
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被告ニコンの安全配慮義務違反ないし不法行為責任について |
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ア
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(ア)
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前記認定のとおり、被告ニコンの本件製作所において勤務する外部からの就労者は、人材派遣あるいは業務請負等の契約形態の区別なく、同様に、被告ニコンの労務管理のもとで業務に就いていたといえる。
そして、亡勇士も、前記認定のとおり、シフト変更、残業指示及び業務上の指示を被告ニコン社員より直接受け、それに従って業務に就いていたのであるから、亡勇士は被告ニコンの労務管理のもとで業務に就いていたといえる。 |
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(イ)
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とするならば、被告ニコンは、亡勇士に対し、従事させる業務を定めて、これを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担等が過度に蓄積して亡勇士の心身を健康を損なうことがないよう注意する義務を負担していたといえる。
そして、被告ニコンは、前記認定事実のとおり、通常以上の身体的・精神的負荷が亡勇士にあったと考えられる(1)平成10年7月及び平成10年1月の過度の時間外労働・休日労働、(2)過度の時間外労働・休日労働を含んだ納入検査のための海外出張(初めての納入検査のための出張は、入社4か月後であった。)、(3)平成11年1月24日から同年2月7日までの時間外労働・休日労働を含んだ連続15日間の初めてのソフト検査実習(この間、指導員が付かずに実習を行っていた日が3日間あり、また、指導員が亡勇士より先に退社した日が3日間ある。)、(4)仮眠をとれない状態の夜勤を含む昼夜交替勤務(夜勤時にも時間外労働をさせられ、平成10年12月10日から同月12日までは3日間連続で夜勤時の時間外労働をさせられた。)、(5)クリーンルーム内での検査作業、(6)請負社員・派遣社員の縮小方針に基づく退職等による外部からの就労者としての解雇の不安につき、(1)ないし(5)の事実については認識し((6)の事実について認識し得る。)、前記認定の亡勇士がうつ病に罹患した後に、亡勇士に対し、カウンセリングを行い、休養を取らせるとか、業務を軽減するなどの措置を講ずることは可能であったといえる。
にもかかわらず、被告ニコンは、15日間連続勤務の終了日である平成11年2月7日以降、同月8日及び9日の休日の後、同月10日から通常の2交替勤務に就かせたものであり、亡勇士は同月15日から17日までの3日連続の夜勤が終了した後は、もはや就労に復帰することができなかった(甲10の17。ただし、亡勇士が退職の申出に対する被告ニコンの回答が聞けると思って出勤した最後の出勤日である同月25日の夜勤を除く。)ということができる。 |
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(ウ)
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被告ニコンは、亡勇士に対し、被告ネクスターの費用で、昼夜交替勤務に就く際の健康診断として平成9年12月8日に健康診断(身長・体重・視力・色神・聴力・血液検査・胸部X線)を実施し(乙の1、丙3の1)、平成10年1月7日にはレーザー従事者用特殊健康診断(網膜・水晶体・角膜)を実施し(乙63及び弁論の全趣旨)、同年2月23日には尿検査を実施し(担当医の陳述書である甲100号証には亡勇士が個人的に受診したものである旨の記載があるが、丙3号証の2にはその健康診断費用について被告ネクスター宛の領収書があることからすると、前記陳述書の内容は採用できない。)、同年4月20日に春季健康診断(身長・体重・視力・聴力・血圧・尿・医師打聴診・問診・胸部X線)を実施した(乙2の2、62)ことが認められる[なお、被告ニコンは同年11月16日に秋季定期健康診断(身長・体重・体脂肪率・血圧・尿検査・歯科検診)を行ったと主張し、被告ネクスター宛の秋季定期健康診断費用の請求書である乙64号証を提出するが、同書証には、前記乙62、63号証とは異なり、亡勇士の名前が記載された名簿が含まれておらず、さらに、G及びH証言に照らせば、前記被告ニコンの主張は採用できない。]。
しかしながら、以上のような定期的な健康診断のほかは、前記業務に伴う身体的・精神的負荷を軽減する措置を講じたことを認めるに足りる証拠はない。 |
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(エ)
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以上によれば、被告ニコンには、本件に関し、前記安全配慮義務を怠った(過失があった。)ということができる。そして、うつ病と自殺の関係についての医学的知見をも考慮に入れると、前記のとおり、亡勇士がうつ病に罹患し、自殺を図ったことについて業務起因性が肯定される以上、被告ニコンは、亡勇士に対し、その安全配慮義務違反に基づく責任を負い、さらに、不法行為責任を負うものである。 |
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イ
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これに対し、被告ニコンは、以下のとおり主張する。
すなわち、被告ニコンは本件製作所において、(1)安全管理体制として、I総括安全衛生管理者、安全管理者及び衛生管理者を任命し、安全衛生確保、安全衛生教育、健康の管理及び保持増進、労働災害の原因調査及び再発防止、快適な職場の形成等の業務を組織的に行い、また、産業医を1名選任し、健康診断の実施及びそれに基づく健康保持、作業環境の維持管理、作業の管理、健康教育及び健康相談、労働衛生教育、健康障害の原因調査及び再発防止等の業務を行い、さらに、被告ニコンは、主任安全衛生管理者を任命し、安全衛生教育の立案及び実施、災害及び疾病に対する調査及び措置、災害及び疾病の統計並びに記録の作成、安全衛生施設及び保護具の点検整備、快適職場の形成その他安全衛生及び健康の保持増進に関する業務を行っていた、ii各部門、各課ごとに部安全衛生管理者、課安全衛生管理者、安全衛生補導者及び安全衛生担当者を任命し、安全衛生管理を実施していた、iii被告ニコンは、総括安全衛生管理者を委員長とし、安全管理者、衛生管理者、産業医及び主任安全衛生管理者等を会社代表委員とし、労働組合から推薦された者を従業員代表委員として、安全衛生委員会を設置し、本件製作所の安全衛生に関する諸問題を毎月1回の開催で調査・審議していた、(2)安全衛生活動として、I年度ごとに安全衛生活動計画を策定し、安全衛生に関する業務を行っていた、ii職場の管理者に対し、安全衛生に関する「安全衛生職場チェックリスト」(乙17)を配布し、また、精神衛生面に関して年1回メンタルヘルスを含めた安全衛生研修会を実施し、従業員や作業員に対する安全衛生について周知徹底させていた、iii従業員に対し、年2回春期及び秋期に定期健康診断を実施しており、その検査項目は、体重測定、尿検査、視力・聴力検査、血圧検査、胸部X線検査、医師による問診及び打聴診等であり、作業に問題があるような異常が認められる場合には職場に連絡することになっており、さらに、昼夜交替勤務に従事する従業員には、前記定期健康診断とは別に従事する際の健康診断を行っていた、iv本件製作所内に設けられた診療所は、日曜日を除き、平日の午後2時から4時まで医師及び看護婦が常勤し、それ以外の平日の昼間及び土曜、祝日の昼間には看護婦が常駐しており、随時、健康診断や診察を受け入れる態勢がとられていた、前記診療所の利用は、原則として、被告ニコンの従業員をはじめとするニコン健康保険加入者としていたが、緊急の場合は、それ以外の者も受診できるとされており、実際に請負作業者等も利用しており、さらに、委託したカウンセラーが各事業者を定期的に巡回し、相談を受けるというトータルヘルス相談制度を設け、本件製作所においては毎週木曜日に前記相談受付を実施していた、v本件交替勤務に従事する者に対し、昼夜交替勤務の問題点を指摘しつつ、自己健康維持管理の要諦を示したパンフレット(乙13)を配布していたという安全管理体制をとっていたと主張する。
確かに、乙13及び14号証、乙16号証の1及び2、乙17、23、36ないし43号証によれば、乙13号証のパンフレットを配布していた事実を除いて(G証言)、前記被告ニコンが主張する安全管理体制が実施されていたことは認められる。
しかし、外部からの就労者についての健康診断は、被告ニコン社員と同様に春季と秋季の2回実施されたとはいえないし(H証言)、前記診療所の利用は原則として、ニコン健康保険組合加入者に限定されているのであって、前記組合に加入していない外部からの就労者も緊急時にはその診療所が利用可能であったとしても、それによって、外部からの就労者に対する健康管理を全うしていたとはいいがたい。よって、前記被告ニコンが主張する安全管理体制をもって、前記被告ニコンの安全配慮義務違反の認定を覆すとはいえない。
なお、Gは、亡勇士の上司として、朝礼において、健康管理の一環として同人の顔色を見ていた旨証言しているが、それに反するFの証言があり、さらに、前記朝礼は黄色の蛍光灯による照明を用いているクリーンルーム内でクリーン着(防塵服)等を着用した上で行われていることに照らせば、的確に健康状態を把握できるか疑問があり、前記Gの証言は採用できない。 |