第3章 |
勇士の雇用形態 |
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勇士の雇用契約
勇士は、被告ネクスターとの間で下記の労働条件にて雇用契約を締結している(雇用契約書(甲5))。
就業場所: |
(株)ニコン 熊谷製作所 |
始期: |
平成10年10月27日から |
期間: |
期間の定めなし |
就労時間: |
交替制度(8:30〜19:30、20:30〜7:30) |
基本賃金: |
29万円(夜勤手当2000円/月。寮費3万円を控除) |
休日: |
毎週日曜日、企業カレンダーによる。 |
時間外労働: |
時間外労働・休日労働させること有り。 |
有給休暇: |
6ヶ月間継続した場合10日。 |
仕事内容: |
半導体製造装置の組立・調整・検査 |
したがって、まずは、勇士と被告ネクスターとの間で雇用関係が成立している。
なお、被告ニコン第2準備書面別紙によると、交替勤務者の月額基本料金は、43万6800円であるから、月給29万円の勇士は、被告ニコン支払額の約3分の2の給料しか受け取っておらず、被告ネクスターが約3分の1の口銭を取っていたことになる。
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勇士の派遣労働者性 |
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問題の所在
前記のとおり、勇士と被告ネクスターとの間で雇用契約が締結され、雇用関係が成立しているが、勇士は、被告ネクスターの事業所で勤務せずに、被告ニコン熊谷製作所内において、被告ニコンが製造するステッパーの検査業務に従事していた。雇用契約書にも、就業場所として被告ニコン熊谷製作所が指定された上、仕事内容もステッパーの組立・調整・検査とされており、勇士は当初から、熊谷製作所にてステッパーの検査に従事することが予定されていた。
勇士の直接の雇用主は被告ネクスターであるが、実際の労務の提供は、被告ニコンに対して行われている。そこで、勇士と被告ニコンとの間に如何なる労働関係が成立していたのかが問題となる。
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2
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職業安定法施行規則第4条
この点について、被告らは、「被告ネクスターは、被告ニコンのステッパーの製造・検査業務を請負ったにすぎず、勇士は、被告ネクスターと被告ニコン間の『業務請負契約』に基づいて、被告ニコン熊谷製作所内事業所にて勤務していた」旨主張する。
しかし、職業安定法施行規則第4条によれば、労働者を提供しこれを他人に使用させる者は、たとえ契約形式が請負であっても、(1)作業の完成について事業主としての財政上・法律上の全ての責任を負うこと、(2)作業に従事する労働者を指揮監督すること、(3)作業に従事する労働者に対し使用者として法律に規定された全ての義務を負うものであること、(4)自ら提供する機械、設備、機材もしくはその作業に必要な材料・資材を使用し、または企画もしくは専門的な技術・経験を必要とする作業を行うものであって、単に肉体的な労働力を提供するものでないこと、の4要件の全てを満たさなければならない。この4要件の1つでも満たさなければ労働者供給事業を行うものとされる。労働者供給事業は職業安定法第44条により明示的に禁止されており、労働者供給を行った者は、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処せられる(職業安定法第64条)。
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3
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請負契約の不成立
被告らは、被告ネクスターと被告ニコンとの間の契約関係が請負であったと主張し、業務請負委託契約書(乙1)を証拠として提出している。
しかし、同業務請負委託契約書には、その署名欄には、そもそも被告ニコンの名前が記載されておらず、被告ネクスターの印鑑の捺印もされていない。
被告ニコンは契約書が調印されていない理由について、「機材等の負担や料金支払いの方法に関する文面については若干検討する必要があると考え、記名捺印せず、手元に留め置いたまま、契約の履行に着手した。」と主張する。しかし、被告ニコンほどの大企業が、契約書の提示を受けているにかかわらず、契約書に調印しないで契約の履行に着手するということは考えられない。業務請負委託契約書(乙1)は調印されていない以上、同書をもって請負契約の成立の証拠とすることは不可能である。
また、被告らの業務請負の委託料は、「基本料金=1時間単価2800円」とされている(被告ニコン第2準備書面別紙)が、請負であるならば報酬は仕事の完成の対価であって、時間単価で請求するのは不自然であるから、委託料の算定方式からしても、業務請負とはいえない。
したがって、業務請負委託契約書(乙1)を援用して、被告ニコンと被告ネクスターとの契約関係が業務請負であったとする被告らの主張は不合理であり認められない。
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仕事の完成についての責任(要件(1))
職業安定法施行規則第4条は、「(1)作業の完成について事業主としての財政上・法律上の全ての責任を負うこと」という要件を課している。
しかし、本件における「仕事」の内容は、ステッパーの製造・検査であるところ(被告ニコン第2準備書面1頁下から4行目)、かかる仕事の結果、ステッパーに瑕疵があった場合には、被告ネクスターに法律上瑕疵を修補する義務(民法634条参照)が生じることになるが、被告ネクスター単独でステッパーを修補するだけの能力はなく、かかる法律上の義務を果たすことはできない。
また、ステッパーの検査に必要なパーソナルコンピュータ、検査工具(ストップウォッチ、ピンセット)、作業着(シャツ、上着、ズボン、靴等)、クリーン着(防塵服、帽子、マスク他)について、全て被告ニコンから無償貸与されており(被告ニコン第2準備書面2頁)、被告ネクスターの支弁により調達をしておらず、被告ネクスターが「事業主としての財政上の全ての責任を負っていた」とは到底言うことができない。
以上のとおり、被告ネクスターが、作業の完成について事業主としての財政上・法律上の全ての責任を負っていると言うことはできない。
したがって、被告らは「(1)作業の完成について事業主としての財政上・法律上の全ての責任を負うこと」という要件を満たしていない。
なお、被告ネクスターは、「ネクスターは、業務請負委託契約書(乙1の1)第8条により労働法上の責任を負うとともに、万一請負作業の処理につき瑕疵ある場合は勿論、ネクスターあるいはその作業者が会社や第三者に損害を与えた場合等は同第14条により損害賠償の責任を負うなど、民法、商法その他の法律上の事業主責任を負うことになっていた。」と主張する。しかし、そもそも業務請負委託契約書(乙1)は調印されておらず、同契約が成立していないことは上記のとおりであるから、同契約の成立を前提とする被告ネクスターの主張はその根拠を欠いている。
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指揮監督の有無(要件(2))
さらに、職業安定法施行規則第4条は、「(2)作業に従事する労働者を指揮監督すること」という要件を課している。
しかし、被告ネクスターは、熊谷製作所で勤務する自らの従業員を指揮監督していなかった。
被告ネクスターの熊谷営業所所長であったE(以下「E証人」という)は、「仕事として、クリーンルームの中に入ったりすることはなかったです。むしろ、ニコンは、クリーンルームに部外者が立ち入ることを禁止しており、簡単には、入ることはできませんでした。私自身、派遣した者が、具体的にどのような仕事をしているか、全く知りませんでした。現場の業務については、把握しておらず、ニコン側に任せていたというのが現状です。」と述べている(E陳述書(甲73)、1頁))
被告ネクスター側で本事件を調査したX弁護士も、「職場での指導など事実上の社員管理はニコンがした」と報告している(Xメモ(丙13)、2頁))。
被告ニコンも、被告ネクスターが熊谷製作所内に常駐する監督者を置いていなかったことを自認している(被告ニコン第3準備書面2頁)。
このように、被告ネクスターは、従業員に対して、個別具体的な作業指示などは全く行っていなかった。かかる作業の指示を行ったのは被告ニコンの社員、関連会社や他の派遣会社の従業員であった。
以上のとおり、被告ネクスターが作業に従事する労働者を指揮監督していなかったことは明らかである。
したがって、被告らは「(2)作業に従事する労働者を指揮監督すること」という要件を満たしていない。
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被告らの認識
被告ニコンの熊谷製作所において、勇士のような労働形態の者は「派遣さん」「派遣社員」と呼ばれていた(G証言速記録33頁、34頁)。対外的も、被告ニコンの名刺を使用して業務していた(名刺(甲38))。
「人員配置表」(乙4号証の3から5)には、勇士や被告ネクスターの名前は「人材派遣者」の欄に記載されている。また、被告ネクスター宛の「出張先連絡通知書」(乙5)には、「派遣元会社」との記載がある。
このように、被告ニコン、被告ネクスター、その他の関係会社すべてが、勇士らを「派遣社員」と認識していた。
被告ネクスターのX弁護士ですら、そのメモの中で「業務請負契約による外勤だが、実質的には派遣」と明確に述べている(丙13、2頁)。
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問 題 点
以上のとおり、被告ネクスターの被告ニコンに対する労働力の提供は職業安定法施行規則第4条に定める4要件を満たさない。
他方、被告ニコンは、熊谷製作所において、勇士らを指揮監督していたのであるから、被告ニコン、被告ネクスター及び勇士の労働関係は、労働者派遣である。
被告ネクスターは、その実質は労働者派遣であるにもかかわらず、労働者派遣事業(労働者派遣事業法第16条)の届出もせずに、請負という名を借りて、労働者派遣事業法を潜脱して、労働者供給事業を行っていたことは明らかである。
このような労働者派遣事業法を潜脱して、労働者供給事業を行うことによって、(1)職業安定法第44条で禁止されている労働者供給事業を行うことにより、労働者に不利益を生じさせる、(2)労働者派遣事業法の保護すら受けることができなくなるという問題が生じる。
すなわち、職業安定法第44条は労働者供給事業を行うことを厳しく禁止しているが、その趣旨は、労働者供給事業により労働者が中間搾取されること、労働者の地位が不安定となること、労働者の就業条件が不明確となること、労働保護法規上の責任主体が不明確になることから、かかる事態を防止することにある。しかし、被告らによる労働者派遣事業法の潜脱によって、上記の労働者供給事業によって生じる労働者の不利益が、勇士に対しても生じることになった。
また、労働者派遣事業法を潜脱することにより、被告ニコンは同法の定める派遣先としての義務、具体的には、労働者派遣契約に定められた就業条件に反することのないように適切な措置を講じる義務(同法第39条)、派遣就業が適切に行われるために必要な措置を講じるように努める義務(同法第40条2項)、派遣労働者からの苦情について適切・迅速な処理をする義務(同法第40条1項)、「派遣先責任者」を選定する義務(同法第41条)を遵守することもないため、派遣労働者ですら与えられている保護(但し、低い保護であるが)すら、勇士には与えられなかった。
その結果、勇士は労働者として極めて不安定で、権利主張することが困難な地位に立たされることになった。 |