『原告最終準備書面』


第4章 勇士の業務及び勤務体制
第1
勇士の業務
勇士の業務の概要
 勇士は、被告ニコン熊谷製作所において、半導体露光装置事業部品質保証部の第二品質保証課に配属され、熊谷製作所で製造されたステッパーの最終検査に従事していた。
 ステッパーは、半導体を製造する機械であることから、塵埃や温度・湿度変化を避けるため、その組立・検査等の作業は、「クリーンルーム」と呼ばれる密閉空間で、防塵用の作業着を着用して行われていた。クリーンルームは、第6章第6にて詳述するとおり、機械のために徹底的に清浄化が図られた人工的空間であり、人体に肉体的・精神的に悪影響を及ぼす有害な空間である。
 ステッパーの完成品検査は、「一般検査」と「ソフト検査」に分類される。
 「一般検査」は、組立られたステッパーの精度等を検査するものであり、被告ニコン熊谷製作所内において、出荷前に行われる「社内検査」と、顧客先搬入・据付後、引渡前に行われる「納入検査」とがある。「納入検査」は、顧客先の工場等で行われるため検査員が出張して行う。
 「ソフト検査」は、ステッパーの機能を制御するソフトウェアーが正常に機能するかを検査するものである。
 勇士は、平成10年10月に入社後、まずは一般検査に従事した。さらに勇士は、仙台及び台湾に出張して「納入検査」を合計3回行った。また、勇士は、遅くとも平成11年1月からは「ソフト検査」に従事していた。

ステッパー検査の特質
 被告ニコンのステッパーは、驚異的な精密精度を誇っており、マイクロメーター単位の精度を要求される精密機械である。このステッパーの検査においては、検査担当者は、緻密な検査をすることが求められており、相当に神経を使う業務であった。
 さらに、ステッパーは、ナノメートル単位の精度が要求されているだけでなく、数多くの部品で構成されている大型機械であり、かつオーダーメイドの製品であるから、組み立てが終了した時点で、そのまま何の問題もなく検査に合格することは稀である。検査による測定結果による、ステッパーの微調整は必要不可欠である。
 このようにステッパーの検査は、画一的な単純作業ではなく、常に新しい問題解決が必要となる高度な作業であった。

一般検査の業務内容
 勇士が従事した一般検査の業務は、概ね以下のようなものであった(F陳述書(甲74))。
(1)
検査の方法
 検査方法は、ニコン標準検査というのが一応は存在するが、ステッパーは、顧客向けに1台1台カスタマイズされたオーダーメイドの機械であるため、顧客の要求する数値を満たさなくてはならず、最終検査では、単に数値を計測してチェックするだけではなく、顧客の要望する稼動状態において、顧客の要求する数値を満たしているか否かの検査を行っていた。
 また、顧客が検査方法を指定してくる場合もあった。その場合は、顧客の指定した検査方法に従って検査を行わなければならなかった。例えば、顧客からは、「ステッパーの露光を横一列ではなく、市松模様のようにジグザグに露光し数値を取れ。」とか、「40枚のウエハーを2回露光させて、そのずれの数値を出せ。」といった指示がされた。検査の方法により機械の完成度を測定するのに必要な精度も異り、「どのような検査方法で検査をするのか。」ということを検査員は検討しなければならなかった。
 ステッパーは、顧客向けに1台1台カスタマイズされているため、検査のやり方は画一的なものではなく、1台ごとに異なっていた。例えば、レンズディストーション(レンズの歪み)というものの精度をはかる場合、顧客の要求に合わせて「どのレジストを塗るのか」、「どの方法で現像するのか」、「ディストーション計測する際の計測機械の指定はあるのか」、「ステッパーの気圧補正等は止めた方がいいのか」、「ウエハー露光面の露光時の傾き補正をかけるのか、かけないのか」、など色々な前提条件について検討を加える必要があった。このような検査の段取りについても、検査員は検討しなければならなかった。H(以下「H証人」という)も「検査部門に携わっていて、一番時間がかかる工程は何ですか。」という尋問に対し、「結局準備に時間がかかります」と証言する(H証言速記録22頁)。
 このように、検査員は、顧客の指定する数値・検査方法で、ステッパーを検査するために、検査の前提条件や検査の方法を色々考えなくてはならず、単に数値を計って乙50号証のようなチェックシートに記録するという作業ではなかった。G陳述書(1)にも「検査員は与えられた日程の中で、どの検査項目から順番に実施していくかを自分で決め、時間配分を考慮しながら処理していきます。」と陳述されている(乙49、26頁)。   
(2)
検査作業の流れ
 ステッパー検査には様々なものがあるが、主な検査の概要は、実際にウエハーに、検査用露光パターンを露光させ、露光させた結果を検査するというものであった。具体的な検査作業の流れは以下のとおりである。   
(a)
レチクル・ウエハーの用意
 まず、検査員は、検査にあわせたレチクル(超LSIの回路パターンのガラス製原版)を用意する。
 次に、ウエハーストックという棚から、生ウエハー(何も焼き付けられていないウエハー)を取ってきて、レジストと呼ばれる感光剤をコーティングする。ステッパーは、写真と同じ原理で、半導体の回路をウエハーに焼き付けるため、ウエハーに感光剤を塗る必要があるからである。レジストは有機溶剤でできており、様々な種類があり、それぞれ特性が異なるため、使用するレジストに対して速やかに的確な取り扱いが必要となる。
 検査にどのウエハーを使うかは、ステッパーの仕様や検査によって異なり、6インチ、8インチなどの各種の大きさのウエハーがあった。
 検査員は、必要な種類のウエハーを取ってくると、レジストをウエハーに塗る。塗る作業は、スピンコーターという機械を使って行うが、ウエハーやレジストの種類によっては、手作業で塗ることも珍しいことではなかった。
 レジストは種類ごとに特性があり、露光、空気への接触、時間経過、温度の変化等の様々な条件で劣化するが、レジストが劣化すると検査する意味がなくなり、規格を満たす結果が出ないため、検査員は、レジストをウエハーにコーティングすると、すぐにウエハーを入れる専用のラックに入れて、小走りでステッパーに持ってきて、検査にかける必要があった。   
(b)
検査の開始・現像
 検査員は、レチクル(検査用露光パターンの原版)が入っているステッパーにウエハーを入れて、検査を開始する。通常は、ウエハーを入れたラックをステッパーに入れ、ステッパーを動作させて、ウエハーに検査用露光パターンを露光させる。
 この間、ウエハーの枚数などによって、ステッパーが、検査用露光パターンの焼き付けを完了するまで時間がかかることもあり、完了するまで待つことになる。
 検査員は、この待ち時間の間も様々な業務を行う必要があり多忙であった。
 まず、検査は引継ながらやっていることから、検査員は、以前の検査で、どのような検査を行い、どのような結果が出ており、どういう問題点があるのかについて、引継書、検査チェックシート、検査結果のデータなどを読んで、理解する必要があった。その他に、製造段階においてどのような問題点があるのかも、製造段階におけるデータや報告書を読んで理解しておく必要があった。
 また、検査は、二交替で引き継ぎながらやっているため、引継書も作らなければならなかった。引継書には、検査中に何が起こったのかとか、「こういう検査のやり方をしたので、こうして下さい。」というようなことを記載していた。H証人は、引継ぎにかかる時間としては1時間あれば十分と証言する(H証言速記録21頁)が、逆にそれぐらいの時間は必要であった。
 このように、検査員は、待ち時間の間に、検査結果の計算や、引継書の作成、チェックシートの記入などをこなさなければならず、のんびりする余裕などはなかった。
 そして、ウエハーの露光が終わると、レジストは露光後でも劣化することから、ウエハーをすぐに現像しなければならなった。そのためウエハーの露光が終了すると、現像機(ディベロッパー)まで小走りで現像をしにいかなければならなかった。   
(c)
精度の計測
 当時は、スキャンステッパーの場合は精度が精密すぎて、ステッパー自身では計測できないため、無事現像できたウエハーは、ほとんどの検査項目について、ステッパーとは別の検査機械で精度を計測していた。もっとも、検査機械から、ステッパーにLAN(構内通信)でデータが転送されてくるものもあり、この場合の検査結果はステッパーで見ることができた。データは、プリンターで印刷されるものもあった(甲23、甲24、甲25)。
 検査員は、データを基に、顧客の計算式や、ニコン社内で規定されている計算式に基づいて、電卓などを利用しながら、数値を計算して、検査チェックシートに計算結果を記入していった。プリンターから印刷されたデータは、そのまま検査の数値として使えるものではなく、例えば、レクチルの製造誤差、計測機械の計測誤差などを補正しながら計算する必要があった。G陳述書(2)にも「検査チェックシート(乙50)に記載されている「和文の差」は乙第46号証に記載されている「Max.1000」と「Min.953」という数値を私の陳述書(1)13頁の18行目以降に記載した式に挿入して計算しますが、この数値はコンピュータのディスプレイに表示されません。検査員が電卓を使用して計算することになります。」と陳述されている(乙53、2頁)。
 これらの計算式誤差の補正値等は、検査書類をとじてある分厚いファイルの中に書いてあり、ニコン社内や顧客が定めていた。
 検査員は、このような計算が完了すると、計算結果をチェックシートに記入していた。   

<<前のページへ