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(d)
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検査結果
検査を行い、検査データや計算結果、ある項目における検査の数値が、社内なり顧客の指示する数値を満たしている場合には、その項目について検査合格となった。
しかし、検査の結果、ある項目について目標の数値を満たさない場合には、検査員はリーダーに相談して、リーダーが、検査の結果を見た上で、製造部門にステッパーの手直しを依頼するか否かを判断していた。数値が基準を満たさなくても、全体の性能に影響しない場合や、一部を手直しすることで逆に全体の性能が低下する場合があることや、検査のやり方が悪いためにいい数字が出ないということもあるため、数値を満たしていなくても、手直ししないこともあった。
このようにリーダーがステッパーの手直しの要否を判断するため、リーダーは検査を進める上で重要な存在であった。リーダーが、ステッパーについて知識がなかったり、何をやっているのか、どこに問題があるのかがわからないと検査がうまく進まなくなり、検査員が、自分で色々な人に聞いて回ったり頼みに行ったりせざるをえなくなり、検査員にとって大変な負担となった。
平成10年当時は、リーダーやチーフにスキャン型ステッパーを理解している人が少なく、リーダーが検査のやり方がわからず、検査員は試行錯誤で苦労していた。
また、ステッパーの検査は、不合格であれば製造ラインから除外すれば足りるのではなく、規格に合うまで検査するものであり、ステッパーが基準の数値を満たすまで、何回も検査をしなければならなかった。そのため、ステッパーの出来が悪いと、検査員はそのステッパーにつきっきりになってしまうことになった。スキャン露光が普及し始めた平成10年頃は、出来の悪い機械が多く、検査に時間を要していた。
しかも、不合格部分の項目について、製造部門がステッパーを手直しすると、問題の部分は直ったとしても、他の部分に影響が出てくることもあった。例えば、ステッピング精度を修正するために、ウエハーを載せるステージを動かす部分を手直しすると、同期精度や、重ね合わせ精度など、あらゆるところに影響が出た。そのため、検査員は、どこを直せば、どこに、どのような影響が出るか、ということを的確に把握し、製造部門に手直しを頼むことが必要であった。このように、ステッパーの仕組みをよく理解していないと、ステッパーの検査はできないものであった。
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(e)
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検査業務の専門性
以上のとおり、ステッパーの検査業務は、ステッパー等で計測された検査結果を、単にチェックシートに移し変えるという単純な作業ではなく、ある程度の専門性を要求される複雑な業務であった。
被告ニコンも、「熊谷製作所は、主としてステッパーの組立・調整・検査、各種制御システムの製造を行い、完成品として顧客先に納入する業務を担っているが、これらの業務を遂行するにあたっては、単なる肉体労働でなく、一定程度の技術的素養・知識に基づいて作業を行うことが必要となる。」と述べている(被告ニコン第4準備書面2頁下から4行目)。
ステッパーの検査業務がある程度の専門性を必要とする業務であったことは、被告ニコンが、ステッパーの検査員を募集するにあたり、機械製造関係の業務に携わった経験のない者であれば、大学もしくは高等工業専門学校等で機械工学、電気・電子工学、情報処理技術等を専攻した者もしくはそれに順ずる程度の知識・技術を有する者が必要と考えていた(被告ニコン第4準備書面2頁下から1行目)ことからも明らかである。
被告ニコン熊谷製作所に人員を派遣していた会社の元従業員であるYも、「ニコン熊谷製作所は他の工場と違い専門の知識が必要で、条件は4大卒理工系、できれば電子工学科、もしくは同等の知識と経験があることだったと思います。」と述べている(Y陳述書(甲103)、3頁下から16行目)。
このように採用者の学歴を限定することは、検査業務がいかに専門性を要求され、複雑な業務であったかを裏付けるものである。
仮に、被告ニコンが主張するように、一般検査が「標準化されたチェックシートに基づき定型的に行う繰り返し作業である」(被告ニコン第1準備書面11頁下から5行目)単純労働であるのならば、理工系大卒に限って検査員を募集する必要はなかったはずであり、当該被告ニコンの主張は明らかに事実に反する。
ステッパー「NSR―S101A」の検査マニュアル(甲18)を見ても、一般人には容易に理解できない複雑な内容であり、勇士が複雑な業務を行っていたことが分かる。
以上のとおり、検査業務は単なる肉体労働でなく、一定程度の技術的素養・知識が必要な専門性を有する複雑な業務であったことは明らかである。
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4
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ソフト検査の業務内容
ソフト検査とは、ステッパーの様々な精密な機能(動作・命令・計算等)を実現するために、ステッパーの設計部門で開発された数多くのソフトウェアについて、ステッパーを実際に動作させて、正常な動作、信頼性、安定性、精度が達成できているか否かを確認し、ソフトウェアが正常に機能するか否かを検査するものである。ソフト検査は、設計部門・技術部門を連携を取りながら進めるものであり、ステッパーに関する一定以上の知識・技能が要求される。そのため、ソフト検査をする検査員は、基本的に、一般検査で優秀とされた検査員から選ばれる(被告ニコン第1準備書面13頁下から4行目)。
G証人は、「ソフト検査というのは、ステッパーにはいろいろ多彩な機能がありまして、その多彩な機能を動かすために、ソフトの設計者が実際にソフトを設計開発していきます。その設計開発していくソフトを、開発段階の一工程としてソフト検査をやっていくことがソフト検査だと思います。」「ソフト検査の場合は、先ほど言ったとおり開発段階にある、設計者と一体になってやっていかなきゃいけないところがありますんで、設計技術との連絡が必要になります。それはどういうことかと言いますと、ステッパーを実際にソフト検査してて、そのステッパーでいろんな機能を検査した結果の詳細を設計者や技術者に伝えなければいけないということがあるんで、ステッパーの知識が一般検査の検査員よりも必要になるということになります。」と証言する(G証言速記録20、21頁)。
ソフト検査の業務については、H証人は「技術的に理解できないというので、結構勉強する機会が多くて、それが大変だというのがあります。」と証言し(H証言速記録24頁)、ソフト検査が大変な業務であることを証言している。
このようにソフト検査は、一般検査に較べて、より高度な検査であり、一般検査に較べてより大きい精神的な負荷があった。
なお、ソフト検査における待ち時間については、H証人は、「やることが一杯あるので、それほど多くはないです。」と証言している(H証言速記録3頁)。検査において準備や段取りを考えることが必要ことはソフト検査も一般検査も変わらないことから、上記H証言は一般検査についても妥当する。即ち、一般検査でも待ち時間はそれほど多くはなかった。
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勇士の勤務体制 |
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1
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熊谷製作所における二交替勤務の内容
被告ニコン熊谷製作所では、工期・製造日数の短縮により顧客の納期短縮の要請に応えるとともに、棚卸資産の削減、工場設備の有効活用等、経営効率を高めることを目的として、平成8年10月1日から昼夜二交替制勤務が導入されていた(被告ニコン第1準備書面10頁)。
昼夜二交替制勤務の導入理由について、G証人も「やっぱりステッパーの工期が、お客さんに納入する工期が非常に厳しくなってきていると。工期を縮めなきゃいけないために、昼と夜勤に分けてやることによって、工期を短くする、それが一つ会社としてはあると思います。」と証言する(G証言速記録36頁)。
被告ニコン熊谷製作所における昼夜二交替制勤務は、勤務番を3組として、それぞれの組が昼勤、夜勤、休日のいずれかに当たりながら3週間を一単位として周期を一巡する、いわゆる3組2交替制勤務であった。
その周期における、昼勤、夜勤、休日の具体的な組み合わせは次のとおりであり(○は昼勤、●は夜勤、休は休日)、従業員は、A・B・Cの3班に分かれて、I→II→III→Iの順番で、それぞれ下記のI・II・IIIの勤務に従事していた(甲6)。
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月 |
火 |
水 |
木 |
金 |
土 |
日 |
I |
○ |
○ |
休 |
● |
● |
● |
休 |
II |
休 |
休 |
○ |
○ |
○ |
○ |
休 |
III |
● |
● |
● |
休 |
休 |
休 |
休 |
この二交替制勤務における昼勤及び夜勤における勤務時間及び休憩時間は次のとおりである。
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勤務時間 |
休憩時間 |
昼勤 |
8:30〜19:30 (11時間) |
12:30〜13:00 17:30〜17:45 (1時間15分) |
夜勤 |
20:30〜 7:30 (11時間) |
00:00〜 1:00 5:30〜 5:45 (1時間15分) |
勤務時間は11時間あるが、休憩時間が1時間15分あることから所定労働時間は9時間45分とされている(丙1)。
勇士は、二交替制勤務のB班に所属し、上記の二交替勤務体制で検査業務に従事することとなった。勇士は、平成9年12月15日から最終出勤日である平成11年2月25日まで約1年3ヶ月間、原則として上記内容の昼夜二交替制勤務に従事していた(甲34)。上記期間のうち一部は昼勤であったが、出張検査・新型機開発の際には、勇士は休日も休まず長時間労働に従事している。
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2
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労働時間 |
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(1)
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労働時間の管理方法
被告ニコン熊谷製作所においては、労働時間は、工場備え付けのカードリーダーで管理していた。すなわち、従業員は、入退室時に、工場入口のカードリーダーに、自らのIDを通すことにより、自動的に入退室時間が記録される仕組みになっていた。
被告ネクスターは、毎日の労働時間を把握しておらず、月が終了した後に1ヶ月分の労働時間をまとめて、被告ニコンから報告を受けていた。E証人は、「派遣した者の労働時間については、月の途中は、ニコン側でIDカードを使ってコンピュータ処理をしていたので、ネクスター側はわかりません。月末で締めて、ニコン側から労働時間のデータが送られてきて、初めてネクスター側が労働時間を知ることになります。私も、給与計算をするので、労働時間を大体は知っていましたが、計算は事務員がするので、細かく見ていませんでした。だから、勇士君が何時間働いていたかも詳しくは知りませんでした。勇士君が平成11年2月に15日間連続で働いていたことも、月中のデータはわからないので、知りませんでした。」と述べている(甲73、2頁)。
このように、被告ネクスターの労働者は、被告ネクスターが監督していない場所で勤務しているがゆえに、被告ネクスターの管理者が、労働者の労働時間等の労働実態を把握していなかった。
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(2)
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労働時間
被告ニコンによると、ニコン熊谷製作所における正社員の所定労働時間(年間)は、昼勤者1920時間、交替制勤務者1872時間とのことである(乙66)。
勇士の労働時間は、平成10年2月から平成11年1月の1年間において(平成11年2月は欠勤日が多いため除外の上、死亡直前の1年間を取り上げた)、年2166時間であった。勇士の熊谷製作所における労働時間については、就業週報(甲10)のとおりであるが、時間外休日労働が、77時間(平成11年1月)、100時間(平成10年7月)といった月もあった。
この年2166時間という労働時間は、第6章第4にて述べる夜勤労働の過重性に鑑みれば長時間であったということができる。 |