『原告最終準備書面』


第5章 事実経過
第1
事実経過の概要
 本件における事実経過の詳細は、原告陳述書(甲61)、勇士年表より(甲97)及び本準備書面末尾に添付の別紙1 「業務上の出来事と勇士の言動」に記載のとおりであるので、以下には主要な点を列記する。
概要
 勇士は、平成9年10月27日に被告ネクスターに入社した後、約2ヶ月の研修期間(昼勤)を経た後、12月15日から昼夜二交替勤務に従事した。
 平成10年には3月、7月、12月の3回(うち2回は海外出張)に渡って出張している。出張は15日間の長期のものが2回、4日間の短期のものが1回であり、出張の間は昼勤となっている。8月には熊谷製作所において大規模なリストラが実施された。9月には勇士の昼勤の状態が約1ヶ月半続いたが、11月には再び二交替制勤務となった。
 平成11年には、1月、年明早々に被告ネクスターの指示により引越しをし、その直後に新開発機ARXBのソフト検査に従事して、15日間連続勤務した。勇士は、2月23日に被告ネクスターに退職の申し出をした後、26日以降は欠勤し、3月5日(推定)に自殺した。年表形式にすると以下のとおりである。
 
(1)
平成9年
10月 被告ネクスターに入社(27日)
12月 二交替勤務が始まる(15日)
 
(2)
平成10年(1998年)
3月 台湾出張15日間(10日〜24日)
7月 仙台出張15日間(20日〜8月4日)
8月 リストラの実施
9月 昼勤となる
11月 二交替勤務の通常のサイクルに復帰
12月 台湾出張4日間(2日〜5日)
 
(3)
平成11年(1999年)
1月 新居に引越し(5日)
新開発機ARBXのソフト検査を開始(24日)
15日間連続長時間勤務(24日〜翌2月7日)
2月 欠勤(22日・23日)
被告ネクスターに退職の申し出(23日)
無断欠勤(26日〜3月10日)
原告と最後の電話(28日)
3月 勇士の自殺(推定5日)
勇士が自殺体で発見される(10日)

勇士の言動
 二交替勤務開始後から自殺するまでの勇士の主な言動は、以下のとおりである。
 
(1)
平成9年12月(二交替制勤務開始直後)  
 勇士は、平成9年12月25日、「夜勤は結構体にくるね。睡眠しっかりとらないといけないからご飯いつも通りの時間帯には食べられないんだ。寝るって言っても、昼間だから周りがうるさいからね。いろんな声が聞こえてなかなかうまくは眠れない。リズムが狂っちゃって、ちょっと胃の調子が悪くなっちゃった。トレーニングも出来ないよ。シフト表は前もって出ているから、これに合わせて飯の時間とかトレーニングする時間とか、こっちもシフト体制作るよ。献立も工夫しなきゃ。手軽で栄養つくメニューとかも教えてね。」
 「仕事の拘束時間が長いので、帰宅してのんびりできない。大急ぎで風呂・食事を済ませて眠らないと、次の出勤が来てしまう。」
 「食休みもとらないで眠るので、朝、胃の調子が悪い。」
という話をしていた(甲61、6頁)。
 この時期、勇士には睡眠不足、食欲不振、胃腸障害が生じていた。   
 
(2)
平成10年5月から7月
 勇士は、平成10年5月21日、「どうしてもご飯がうまく食べられない。体のリズム的に2食とるのがやっと。疲れが取れないまま次の日の出勤ていう感じでさ。仕事そのものはそんなに知識要らない。検査はそれほど難しくはない。でもずっとだるいし疲労を感じる。社内のリストラも結構厳しいみたいで、みんなぴりぴりしてる。どうなるんだろう。」「布団の上で横になりたいけど、検査は時間もかかるし拘束時間がすごいから、疲れてしょうがない。」と、検査自体の疲れも言うようになった(甲61、10頁)。
 また、同年7月28日には、勇士は、「眠くてグラグラする。寝るのがやっとだもの。今回の出張もすごいよ。ほとんど寝れないよ。夜2時頃帰って来て4時間ぐらいしか寝れない。おかあさんと一緒の時みたいに8時間寝るなんてもう無理だ。出張は昼勤てことだけど、夜12時過ぎるから夜勤のような感じがする。体の調子最悪。ホテルの部屋で、帰って何か食べないとと思って、調理パン一個買って食べた。あんまり疲れててパンをかじりながら寝てしまった。」と話している(甲61、12頁)。
 この時期、勇士には睡眠不足、食欲不振、胃腸障害、全身の倦怠感が持続的に生じていた。
 
(3)
平成10年8月から10月
 平成10年8月4日、勇士は、「俺だけが残ったのは今の仕事の評価だからか? 残業や出張断ったら俺もクビだろう。」と、激怒し、まくし立てた。原告は、そのような勇士を見たのは、初めてのことだったので、大変驚いた(甲61、14頁)。
また、同年8月15日、勇士は、「今月は岩手に行かないよ。休みの日は一人で横になっていたいんだ。とにかく寝るだけだよ。」と話している(甲61、15頁)。
 同年10月24日には、勇士は、「なかなか疲労感が取れないんだよね。1時間残業しただけなのに、すごく疲れてね。昼勤の9時間45分も結構辛く感じるんだ。体力落ちてるのかなあやっぱり。評価落ちるとクビだしなあ。職場はリストラの空気まだあるし。休まないで頑張らないとなあ。」と述べている(甲61、18頁)
 この時期、勇士には、怒り、解雇の不安、焦り、快楽行動の消失があった。  
 
(4)
平成10年11月
平成10年11月頃の勇士は、「体がだるい、休みの日は熊谷で横になってるから。」 「最近、すごく記憶が悪くなっているんだ。」「集中して考えられない。何でも能率が悪いんだ。」と話していた(甲61、19-20頁)
 この時期の勇士には、従来の症状に加えて、記憶力低下、集中力低下も加わった。   
 
(5)
平成10年12月から翌11年2月
 勇士は、平成10年12月5日台湾出張の帰りに東京の実家に寄ったが、家では、天井をみた姿でごろりと横になっていた。勇士の頬・こめかみの肉も落ち込みが一段とはっきりしており、真っ赤に充血した目でじっと上を見たままになっていたので、原告の印象に強く残った(甲61、22頁)。
 勇士は、15日間連続勤務していた平成11年1月24日から2月7日の頃、「あ、かぁさん? 今帰ってきたよ。目が押されるような感じだよ。今からお風呂入って寝るよじゃぁね。」とか、「あ、今帰ってきたよ。あたまいってぇ〜。じゃぁね。」とか、「ただいまぁ。またメールすごくてさぁ〜。もう疲れるよ。じゃお休み。」など、原告の声を聞いて一言話すと切るといった感じの電話をしてきた(甲61、29頁)。
 退職の申出をしたが、それが受け入れられなかった2月後半には、勇士は、元気のない、低く暗い声や、感情がないような不思議な声で、原告と短い会話をするだけとなった(甲61、35頁)。
 この時期の勇士は、気力もみられず、感情を表すこともない状態であった。

勇士の様子 
(1)
勇士の様子についての証言
 勇士は、平成10年12月頃から2月頃、他の者から見ても、疲れている様子であった。
 E証人は、平成10年12月頃、勇士の顔色はあまりよくなかったと証言する(E証言速記録9頁)。
 さらに、E証人は、被告ら代理人の反対尋問に対して以下のように証言している。なお、E証人は被告ネクスターの元従業員であり、本来であれば被告ネクスターが主尋問すべき証人であるが、被告ネクスターが証人として申請しなかったため原告にて証人申請したものであり、その証言は信用できる。
(以下、E証言速記録49頁)
代理人:
同じくあなたの甲第73号証の2ページの記述によると、平成11年1月、2月は、勇士君が大分疲れているように見えたとあるんですけれども、1月、2月という書き方をされているんですが、具体的にはいつのことを言っておられるんですか。
E :
記憶にないんで分かりません。
代理人:
これは、1月かあるいは2月という趣旨ですか。
E :
1月と2月と両方だと思います。
代理人:
そして、あなたが会った平成10年の12月を除けば、五、六回、七、八回という回数だと思うんですけれども、このとき、すべてあなたがこういう印象を抱いたということなんでしょうか。
E :
全部が全部だとは言い切れませんけれども、そのうちの何回かはそういった印象があったと思います。
代理人:
あなたとしては顔色を見て判断したと、こういうことですか。
E :
顔色と見た感じです。
代理人:
見た感じというのは、言いづらいんだろうと思うんですけれども、どんなことを言っておられるんですか。
E :
どうしても人間顔に出ると思いますので、顔が普段よりも疲れている感じがすれば、そういう聞き方をしていると思います。
代理人:
あなたが最初に勇士さんに会った平成10年12月のときと比べて、顔色が優れていなかったと、こういうことですか。
E :
はい。

(以下、E証言速記録33頁)
代理人:
その、少し疲れた様子というのは、その当時のあなたが担当していたニコンでのネクスター社員、ニコンに勤務しているネクスター社員が四、五名ほどおられたそうですが、そういったほかの社員と比較してその社員より疲れている様子でしたか、それとも、まあ通常程度の疲れといった感じでしたか。
E :
ほかのスタッフよりは疲れている様子はあったと思います。
代理人:
ほかの社員と比較して疲れている様子というのは、具体的にはどのようにして感じましたか。
E :
顔色と、まあ、そういったものですね。
代理人:
先ほどの話の中では、あなたが担当されたときから顔色が悪かったというようにおっしゃってましたよね。
E :
はい。
代理人:
だから、それは更に顔色が悪くなっていったということですか。
E :
そうですね、顔色のほうも、もともと、あまり顔色はいいほうではなかったですけども、それ以上に疲れている様子というのは私のほうで感じることがあったので、そういう言葉は掛けたと思うんです。
代理人:
大体、その顔色で、そうやって感じていたということですかね。
E :
顔色だけとは言い切れません。会ったときの印象というものが、その場でそういう聞き方をしていると思いますが。

以上のとおり、勇士は、平成11年1月、2月頃には、前年12月頃と比較しても、また他の社員と比較しても、疲れている様子であり、顔色も悪かった。
 もっとも、G陳述書には「勇士さんの健康状態については、会社では特に具合がわるそうなところは見られませんでした。」と陳述されており(乙49、41頁)、G証人は、朝礼において、常に検査員の表情等を見るようにしていたと証言する(G証言速記録2頁)。
 しかし、G証人がクリーンルーム内に来ることは稀であったし(F証言速記録19頁)、仮にクリーンルーム内で実施される朝礼に出ていたとしても、2班のうちの1班にしか出席することはできず(G陳述書(4)(乙60)、7頁)、夜勤の場合には朝礼はない。
 さらに、クリーンルーム内は単一色光であるため色の区別がつかなくなるため(甲82、甲83)、顔色を読み取るのは困難である。しかも、クリーンルーム内ではマスクの着用が義務付けられていたから(クリーンルーム内のマスクの着用の有無については後述する)、G証人に、クリーン着を着用して作業する勇士の表情を読み取ることはできない。
 したがって、G証人の同証言は信用できない。

<<前のページへ