『原告最終準備書面』


第4
交替制勤務
はじめに
 交替制勤務が、過重な身体的、精神的負荷を与えることは、下記の文献からも明らかであり、多くの裁判例も認めている。いずれの医学文献も交替制勤務が、労働者に身体的、精神的な悪影響を与えることを述べており、「深夜業の健康影響に関する調査研究」(甲70、142頁)も、「交代制勤務の実施が有害であるという議論を支持する専門家の証明にこと欠かない。」と述べている。厚生労働省チェックリスト(甲109の3)においても、前述の通り、深夜勤務は、疲労を蓄積させる要因として挙げられている。以下詳論する。

交替制勤務の反生理性に関する文献
(1)
産業衛生学会意見書
 「夜勤・交代制勤務に関する意見書」(甲84、以下「産業衛生学会意見書」という)は、日本産業衛生学会(甲112)の交替勤務委員会によって、交替制勤務者・常日勤者1万余名を対象に健康調査を実施した上で作成され、昭和53年5月29日に労働省(当時)に対して提出されたものであり、夜勤・交替制勤務に関する医学的知見としては極めて信用性が高く著名な文献である。産業衛生学会は、1929年に設立され、1935年に社団法人と認定された。同学会は、産業医、公衆衛生学研究者、企業人事担当者によって構成され、会員数7486名(2004年2月現在)であり、国内の産業保健に関する学術学会として最も著名で最大の学会である(甲112)。産業衛生学会意見書は、後述する裁判例の判決のいくつかにおいても引用されている。
 産業衛生学会意見書は、交替制勤務が身体・精神に対して有害なことを明言し、具体的には以下のように述べている(なお括弧内の引用文献等の記載は省略している。また、下線は原告代理人による。以下同じ)。
 「交替勤務による生活への影響としてあげられている諸点は、いずれも健康に密接に関連しており、その重点とされる不規則生活と食事の不規則性、休養の不足、夜勤自体の負荷などが、健康障害にとっても主要な要因となっていることが注目される。実際上も深夜勤務の有無や頻度、休養条件などの差によって生活への影響の著しい交代制であるほど、病気休養や自覚症状等に見られる健康への影響が著しかった。」(同322頁)
 「夜勤・交代制勤務によって単に生活周期の混乱がおこるにとどまらず、従事労働者の健康にまで有害な影響のおよぶことは、本委員会による健康調査結果や内外の夜勤・交替勤務者の安全衛生に関する近年の諸文献により明らかである。したがって、夜業もしくは交代制の導入は、社会的に必要な最小限度にとどめるべきだと考えられるが、やむをえず夜勤・交代制勤務を行わせる場合は、その労働者の健康と生活について十分な対策が講じられていなければならない。」(同323頁)
 「交代勤務の有害な影響は、各種の健康障害の発生となってあらわれるにいたる。交代勤務にともなう健康障害としては、消化器疾患が顕著であるほか、呼吸器疾患、腰痛等の運動器の疾患および各種の神経系症状の進展などがあり、さらに一般的健康状態の低下、過労による疾患の誘発などを上げることができる。これら健康障害については、Aanonsen、Leuliet、Taylor、Brandt、Loskant、Andlauer and Metz、Carpentier and Cazamian、Rutenfranz, Colquhoun,Knauth and Ghata、Winget Hughes and LaDou などにまとめられているほか、本委員会の健康調査結果もこれを裏づけている。」(同323頁)
 「また、夜勤・交代勤務が神経症の発症に関連することも報告されており、睡眠障害や各種の慢性疲労症状の有症率が夜勤期間や交替勤務者において著しく高まる事実も、神経症を含む各種の中枢神経症状の進展がおこりうることを示唆している。夜業あるいは勤務の交代がこれらの健康障害をもたらす第一の原因として、生体リズムの乱れにともなう疲労と睡眠不足あるいは栄養摂取の不整等による病気への抵抗性の減弱が考えられるが、それとならんで第2に、自律神経系機能失調もしくは精神身体的医学的要因等による直接の発症機転が重視される。」(同323頁)
 「さらに、以上の諸疾患や一般の疾病について、夜勤・交代勤務、とりわけそれによる睡眠不足と蓄積疲労状態が特定の症状を増悪させる要因として働くことも重要な点である。これらの疾患には、肺結核、喘息、慢性気管支炎、糖尿病、甲状腺機能異常、腎障害、てんかん、高血圧症あるいは運動器障害など多岐にわたるものも含まれる。また、交代勤務の長期間の従事経験は、退職後の労働能力の保持と健康生活の維持にも不利に作用することが考えられる。これらを含めて長期の交代制勤務によって、相当数の労働者に現実に職業性の健康障害が発生するリスクがあるとみなければならない。」(同323-324頁)

 また、産業衛生学会意見書は、交替制勤務が身体・精神に対して有害である原因は、(1)生体リズムの位相逆転により諸生理機能の乱れが日常的に反復されること、(2)生体リズムの作用と環境刺激により睡眠不足となること、(3)食事時刻が不整となることから、夜業が「反生理的」であること等に求められるとし、具体的には以下のとおり述べている。
 「夜勤・交代勤務の従事者には、日常的に諸生理機能の乱れが反復されることが大きな特徴であって、これは、夜業昼眠生活に対する生体リズムの位相逆転が完全には成立しない事実にもとづく。このため、深夜ないし早朝を含む勤務期にこの生理的機能の乱れが集中的に増大する。この混乱が夜業への移行後数日ないし1週間にわたって特に著しいことと、第2週以降も夜業を継続する限りこの混乱はおさまらないことがともに注目される。その影響は、体温や各種自律神経機能の日内リズムの変調をはじめ、血液や尿の水分・電解質等の性状、ホルモン類や酵素系を含めた代謝活動などから中枢神経系機能まで全身におよぶものであって、本意見書に付した多数の交代勤務調査報告にもこれらの事実がよく示されている。この結果、諸機能間の日内リズムの位相のずれも顕著となる。
 ちなみに、夜業昼眠生活に対する完全な慣れが生じない事実は、生活時刻のずれをおこす東西旅行後には1週間ほどで概日リズムの移相が完全に成立していくことと比較してきわめて特徴的であり、夜勤者の場合には社会的刺激と時刻意識がもとの日内リズムの強固な残存をもたらすことを示唆している。
 このため、夜業期間中は、生体リズムの作用と環境刺激によって、睡眠が量、質ともに不足したまま推移する。食事時刻等の不整もこれに関連する。昼眠が夜眠と異なるものにとどまることは、生理反応や脳波の研究から明らかにされており、夜業期を中心とした睡眠不足が交代勤務の有害な影響を更に加重することになる。
 こうした理由から夜業が「反生理的」であるとする見方が成立つのであって、日常的に夜業期ごとに生活リズム位相の調整不良が反復されることが、結局は健康障害の原因となると考えられる。したがって、この夜業期ごとの生体負担を軽減し、その前後の休養を確保することが重要であり、夜勤時の仮眠が効果を持つ点も重視される。この意味で、交代勤務が生理的適応の範囲内にあるとする見解や、昼眠を含めた合計睡眠時間のみかけの長さが十分であれば交代勤務負荷を相殺できるとする見解は妥当ではない。」(同324頁)
 「夜間作業時の生体負担は、生理機能の昼夜差にもとづくものであり、その作業パーフォーマンスが昼間作業に比して質的に変容していることに留意しなければならない。この質的変容は、単に作業能率の低下にとどまるものでなく、供応作業や行動調整の減退、情報処理の質の低下、作業意欲の減退にまでおよぶものであり、昼間と同じ作業量を期待することは、夜勤の労働負担を高め、疲労を増大させ、さらにはその回復をさまたげるにいたる。(中略)従って、夜間作業にあたっては、原則として作業負担の軽減、昼間と異なった作業方式と作業要員数の適正化がはかられなければならない。同様の趣旨で、夜勤前後の休養の確保と、夜勤中の仮眠と休息を最大限に活用する必要がある」(同325-326頁)。


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