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交替制勤務の反生理性に関する裁判例
以下の裁判例はいずれも夜勤・交替勤務が人間固有の生体リズムに反することや睡眠不足を招くものであることから、昼勤に較べて慢性疲労が生じ易く、疲労が蓄積して過労状態が進行して労働者の健康を害する危険性が高いことを判示している。
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(1)
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関西新幹線事件控訴審判決
大阪高等裁判所平成6年3月18日判決(以下「関西新幹線事件控訴審判決」という)は、「(証拠略)(日本産業衛生学会交代勤務委員会作成「夜勤・交代制勤務に関する意見書」)、(証拠略)(岡山大学医学部衛生学教室医師中桐伸五ほか作成の意見書)、(証拠略)(財団法人労働科学研究所長斉藤一監修労働科学叢書50「交代制勤務」(昭和五四年))、(証拠略)(医師白井嘉門作成の意見書)、(証拠略)(藤井潤編「高血圧」)、(人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、夜勤あるいは交代勤務制は、人間固有の生体リズムに反するものであること、そして、昼間の睡眠は夜間の睡眠と異なるものであることが、生理反応や脳波の研究から明らかにされており、夜間勤務、交代勤務が継続すると睡眠不足のまま推移することのあることが知られていること、夜勤昼眠生活に対する生体リズムの位相逆転は完全には成立せず、長期間その夜勤や交代制の勤務が継続しても身体に慣れは生じて来にくく、短時間の休息では疲労は十分に回復せず、疲労がそのまま蓄積して過労状態が進行し、健康障害の原因となる危険性が高いこと、そして、睡眠不足や休憩の不足は血圧の上昇をもたらすことを指摘する学者があること、一般に、血圧は低温下で上昇し、五度以上の急激な寒暖差は血圧の上昇をもたらし、また、冬期寒冷時、冷水の雑巾しぼり作業の影響により、寒冷刺激が血管神経中枢に及び反射的に血圧を上昇させることがあることが認められる。」と判示する。
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(2)
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ロッカー室管理人事件控訴審判決
東京高等裁判所平成3年5月27日判決(以下「ロッカー室管理人事件控訴審判決」という)は、「〈証拠〉によれば、一般に、深夜勤ないしこれを含む交替制勤務は、人間固有の生理的リズムに反するものであって、長期間その勤務を継続しても慣れが生じにくいとともに、短時間の休息ではその疲労が十分に回復せず、このような勤務を長期間継続すると、回復しきれない疲労がそのまま蓄積して過労状態が進行し、これに従事する労働者の健康状態を害する蓋然性が高いこと、したがって、特に脳・心臓疾患の原因である高血圧症に罹患している者については、なるべくこのような勤務に就けることを避けるのが望ましいとされるとともに、このような勤務に従事する者には十分休息時間を与えなければならないとされていることが認められる。そして、〈証拠〉によれば、日本産業衛生学会の交替勤務委員会は、昭和五三年五月二九日に労働省に対し、「夜勤・交替制勤務に関する意見書」を提出し、その中で、夜勤・交代(替)制勤務に伴う健康障害等の労働衛生学的問題点を指摘するとともに、高血圧症等の循環器疾患で治療中の者や、その再発のおそれのある者については、このような勤務に従事することを不適とする措置をとるべき旨の意見を述べていることが認められる。」と判示している。
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(3)
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伊勢総合病院事件控訴審判決
後出の伊勢総合病院事件の控訴審判決である名古屋高等裁判所平成14年4月25日判決(以下「伊勢総合病院事件控訴審判決」という)は、「深夜労働は,生体リズムに反することから,昼間の勤務に比べて慢性疲労が生じやすく,過重負荷が持続することによって,心拍や呼吸に影響を与える自律神経の中枢である視床下部にストレスが加わり,心拍出量の増大,細動脈収縮といった現象がみられ,血圧が上昇するという医学的知見が存することが認められる。したがって,夜間勤務そのものを,脳動脈瘤の発達及び破裂に影響を及ぼすものとして重視することまではできないが,夜間勤務が慢性疲労を生じさせやすく,過重労働になりやすいという点においては,身体に及ぼす影響を無視できないといえる。」と判示している。
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(4)
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明治パン事件控訴審判決
東京高等裁判所昭和54年7月9日判決(以下「明治パン事件控訴審判決」という)は、「すなわち、オール夜勤は、昼夜逆転の生活を余儀なくするが、かような生活形態は、人間固有の生理的リズムに逆行し、これに慣れて順応するということが生理学的には認められないのである。そのため、夜勤従事者は夜勤そのものによつて、大きな心身の疲労を覚えるのみでなく、昼間睡眠が一般に浅く、短くならざるをえないので、勢い疲労回復が不完全となる。しかも、週休一日制では、前夜からの夜勤があり、それに続いて週休があり、翌日には夜勤が控えているので、夜勤者は精神的な余裕をもてない。したがつて、このような夜勤の連続は疲労の蓄積を招くのが通常であり、その回復には週休二日以上の十分な休養と夜眠をとる必要があるのみならず、このような措置がとられている場合でも、健康管理に特別な配慮が望ましいのである。」と判示している。
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(5)
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電化興業事件判決
東京地方裁判所平成15年4月30日判決(以下「電化興業事件判決」という)は、昼間勤務・夜間勤務に従事する者がくも膜下出血を発症した事案であるが、「太郎(被災者の仮名)が従事した業務は、昼間勤務、夜間勤務について、それぞれ個別にみると、その業務内容及び就労時間において、いずれも肉体的、精神的に特に過重な負荷となるようなものであったということはできない。」としながらも、「長時間労働がこの脳血管疾患の発症に影響を及ぼす理由として最も重視すべきは、睡眠不足であり、睡眠不足は疲労の蓄積に深く関わっているとされ、睡眠時間が1日に4時間ないし6時間以下である場合は、1日7,8時間である場合と比べ、脳・心臓疾患の有病率や死亡率を高めることが指摘されている。(中略)太郎は、昼夜連続勤務に頻繁に従事していた平成元年1月10日から4月1日までの間において、勤務に全く従事しなかった10日間を除くと、夜間勤務中の待機時間を睡眠時間として考慮に入れても、睡眠時間が1日6時間以下であった日が多いとみられる上、この間52日間にも及ぶ昼間勤務の場合には、断続的に短時間ずつの不規則な睡眠しかとれず、また昼夜勤務以外にも、昼間勤務のみ、夜間勤務のみの勤務形態が不規則に続いている。このように、睡眠の量における絶対的不足と、短時間、不規則であることによる睡眠の質の悪さが長期に続いていることからすると、太郎は、この間、業務による疲労を回復することができず、長期にわたり疲労が蓄積した状態にあったものということができ、この長期間にわたる疲労の蓄積は、太郎の脳動脈瘤が増悪し破綻に至る要因となったというべきである。」と判示し、業務と脳動脈瘤破綻との因果関係を認めた。
なお、本判決は、長期間に渡る業務の過重性を評価するにあたり、業務内容・労働時間によってのみ評価することをせずに、長時間労働による疲労の蓄積の原因で最も重視されるのは睡眠不足であるとして、睡眠の量及び質という観点からの業務の過重性を判断している。
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(6)
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伊勢総合病院事件第一審判決
津地方裁判所平成12年8月17日判決(以下「伊勢総合病院事件第一審判決」という)は、夜勤に従事することもあった市立総合病院のICUに勤務する准看護婦が勤務中にくも膜下出血を発症した事案について、「原告が従事した看護業務について,その勤務時間等をみる限り,発症前1か月間における時間外労働は,多い日でも1日1時間30分程度であり,それ以前の期間についてもほぼ同様であったものと推認される。したがって,勤務時間だけをみる限りでは,必ずしも長時間労働ということはできない。」としながらも、(1)業務の内容がかなりの肉体的負荷を伴う業務であり、また緊張を強いられる業務であったこと、(2)看護婦の受け持ち人数が、それまでと比較して非常に多くなっていること、(3)夜間勤務を課されており、また不規則な夜間勤務であったこと、(4)次の交代までに7時間半の間隔しかない「日勤→深夜」の勤務パターンにより身体に相当な負荷がかかったことを理由に、業務とくも膜下出血の発症との間の因果関係を認めた。
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