『原告最終準備書面』


 
交替制勤務とうつ病の因果関係についての文献
 
(1)
内山調査報告書
 さらに二交替制勤務について、うつ病との因果関係を明確に述べている文献も存在する。
 国立精神・神経センター精神保健研究所の内山真が作成した「精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する調査」(甲108の2、内山調査報告書)は、平成15年度に厚生労働省から委託された研究の報告書である。
 内山調査報告書には、「交代勤務に従事した年数がうつ病発症の危険率を高めることは明らかになった。このメカニズムとして、交代勤務を続けることによる身体的・精神的ストレス、家族関係や社会的交流の問題、疲労による身体疾患の合併などが介在する頻度が高く、かつ長期間においても順応しにくいものである。この点から、交代勤務に伴う睡眠障害や睡眠不足がうつ病の直接のリスクとなりうる可能性も高いことが考えられた。(中略)実験的睡眠不足状態において、4時間睡眠を1週間にわたり続けると健常者においてコルチゾール分泌過剰状態がもたらされるという実験結果もある。これらを総合すると、4-5時間睡眠が1週間以上続き、かつ自覚的な睡眠不足感が明らかな場合は精神疾患発症、とくにうつ病発症の準備状態が形成されると考えることが可能と思われる。」(6頁)と報告されている。
 このように内山調査報告書は、交替勤務とうつ病の関連性が高いことを示している。
 
(2)
産業医科大学報告書
 「深夜業の健康影響に関する調査研究」(甲70、以下「産業医科大学報告書」という)は、労働省(現在厚生労働省)から委託された研究として産業医科大学により作成されたものである。
 産業医科大学報告書の「(3)当該労働者の配置転換事例」(72頁)には、深夜・交替制勤務労働者に対する配置転換事例等について産業医にアンケートを行った結果が報告されている(甲15と同じものが 産業医科大学調査研究報告書(甲70)180頁に添付されている)。同報告書によると配置転換になった理由として最も多かったのは、精神神経疾患(44例、21.3%)であり、続いて糖尿病であったことから、「深夜・交替制勤務と精神神経疾患及び糖尿病との関係が示唆された」(甲15、73頁)と結論付けている。
交替制勤務による過重性の評価の枠組
 夜勤・二交替制勤務が労働者に有害な影響を及ぼすことは明らかだとしても、交替制勤務の内容は多種多様であることから、いかなる交替制勤務が過重性を有することになるのか、過重性の評価の枠組が問題となる。
 前述のとおり夜勤・二交替制勤務が労働者に有害な影響を及ぼすことから、夜勤・二交替勤務は可能な限り避けるべきであり、やむを得ず実施するとしても、交替制勤務に伴う有害な影響を防ぐべく一定の基準に従って実施するべきである。逆に、一定の基準を逸脱する交替制勤務は、交替制勤務に伴う有害な影響が許容範囲を超えているものであるから、過重性を有するものといえる。そして、基準からの逸脱の程度が大きくなるほど、より大きな過重性を有するものとして評価するのが妥当である。
(1)
産業衛生学会基準
 交替制勤務において遵守すべき一定の基準について、産業衛生学会は、産業衛生学会意見書において、「やむをえず交代制勤務を採用する場合、深夜業・交代勤務の有害な影響をできるだけ少なくし、健康で文化的な生活条件に近づけるために、つぎのような労働時間基準と勤務編成基準とにしたがって交代制勤務を実施すべきである。」(甲84、327頁)として、12の項目を掲げる(以下「産業衛生学会基準」という)。
 前述の通り産業衛生学会意見書は、夜勤・交替制勤務に関する医学的知見としては極めて信用性が高い文献であることから、交替制勤務において遵守すべき一定の基準として、産業衛生学会基準を採用するのが妥当である。なお、後述のILOの勧告(甲110)及び労働省中間報告(乙11)もほぼ同じ基準を述べており、産業衛生学会基準の普遍性・信頼性を裏付けている。
 産業衛生学会意見書は、交替制勤務において遵守すべき一定の基準について、以下の項目を挙げる(甲84、327頁)。
(1) 交代勤務による週労働時間は、通常週において40時間を限度とし、その平均算出時間は2週間とする。時間外労働は、原則として禁止し、あらかじめ予測できない臨時的理由にもとづくものに限り、年間150時間程度以下とすべきである。
(2) 深夜業に算入する時間は、現行の22時から5時までの規定を更に拡張し、21時から6時までを当面目標として再検討すべきである。
(3) 深夜業を含む労働時間は、1日につき8時間を限度とする。ただし、作業負担が身体的および精神神経的に軽度な断続的勤務に関しては、拘束12時間まで延長すること可能。その場合は、この勤務が連続しないようにする。
(4) 一連続作業時間と休憩時間を適切なものにする。
(5) 深夜業を含む勤務では、勤務時間内の仮眠休養時間を、拘束8時間について少なくとも連続2時間以上確保することが望ましい。
(6) 深夜勤務は原則毎回1晩のみにとどめるようにし、やむをえない場合でも2〜3夜の連続にとどめるべきである。ただし、身体的もしくは精神的に負担の著しい勤務にあっては、深夜勤務の連続を禁じなければならない。
(7) 各勤務時間の間隔は原則として16時間以上とし、12時間以下となることは厳に避けなければならない。やむをえず16時間以下となるときも、連日にわたらないようにする。深夜勤務後には24時間以上の勤務間隔をおき、できるだけ夜勤明け日のつぎに休日が続くようにする。
(8) 月間の深夜業を含む勤務回数は8回以下とすべきである。
(9) 年次有給休暇を除く年間休日数は、平均週休2日に国民の祝祭日を加えた日数を常日勤者なみに確保する。各休日は一暦日を含むものとし、休日1日の場合は一暦日を含む連続36時間以上、休日2日は連続60時間以上とする。休日から休日までの間隔は最大7日以内とする。交代周期内で休日を含めた余暇配分が一部に偏ることは避けなければならない。
(10) 年次有給日数は、交代勤務に配置される初年度から年間4週間相当以上とする。その完全な取得がはかられるよう、また欠勤者の生じたための連勤が避けられるよう、適切な数の予備要員の配置が義務づけられていなければならない。
(11) 週末に該当する休日日数の増加をはかり、とくに週末休日が連休となる回数を増やすことが望ましい。
(12) 融通性のある交代制勤務の導入に努めるべきである。とくに、各人の休養、保健、その他生活上の必要に応じて、各勤務ごとの実働時間や夜勤の頻度もしくは連続日数を調整できるように勤務編成上措置することが望ましい。これにあわせて、地域の生活条件、通勤条件を考慮して交代時刻の改善や個別の調整をはかる必要がある。
 上記の項目のうち、(1)(3)(4)(6)(7)(8)(9)(10)(下線が引かれている)については、「である」「べきである」と断定的な表現が用いられており、遵守を強く要求しているが(特に(7)については「厳に避けなければならない」と極めて強い表現でもって遵守を要求している)、(2)(5)(11)(12)については「望ましい」「努める」という表現が用いられており、努力目標として定められている。
(2)
ILO勧告及び労働省中間報告
 ILO(国際労働機関-国連機関)が、深夜勤務について勧告を発しており(甲110 「夜業に関する勧告(第187号)」、以下「ILO夜業勧告」という)、同勧告においても、産業医学会意見書と同様の基準を打ち出している。
 ILO夜業勧告のうち、「労働時間及び休息の時間」の項目には以下のように記載されている。
「II労働時間及び休息の期間
4(1) 夜業労働者の通常の労働時間は、夜業に従事するいかなる二十四時間においても八時間を超えるべきではない。
(2) 夜業労働者の通常の労働時間は、一般的に、関係のある活動又は企業の部門において昼間に同一の条件で行われる同一の労働に従事する労働者の労働時間よりも平均して少ないものであるべきであり、かつ、いかなる場合にも平均してそれらの労働者の労働時間を超えるべきでない。
(3) 夜業労働者は、通常の一週間の労働時間を短縮し及び有給休暇の日数を増加するための一般的な措置について他の労働者と少なくとも同じ程度の利益を受けるべきである。
5(1) 作業は、夜業を含む一日の勤務の前後には夜業労働者による超過勤務をできる限り回避するような方法で編成されるべきである。
(2) 特別の危険又は肉体的若しくは精神的な強い緊張を伴う職業においては、不可抗力又は現実の若しくは急迫した事故の場合を除き、夜業を含む一日の勤務の前後には夜業労働者の超過勤務は行われるべきでない。
6 夜業を伴う交替勤務の場合においては、(a)不可抗力又は現実の若しくは急迫した事故の場合を除き、二連続の勤務は行われるべきでない。(b) 二の勤務の間に少なくとも十一時間の休息の期間ができる限り保障されるべきである。
7  夜業を含む一日の勤務には、労働者が休息し及び食事をすることができるように一又は二以上の休憩を含むべきである。この休憩の計画及びその合計の長さは、夜業の性質により労働者に求められる要求を考慮すべきである。」

 このように、若干の違いはあるものの、ILO夜業勧告の基準は、産業衛生学会基準の(1)の第2文、(3)(4)(6)(7)(9)と重なっている。
 また、「労働省中間報告」(乙11)も深夜勤務について「配慮すべき事項」を以下のとおり挙げている。労働省中間報告には具体的数値の記載はないが、その基本的発想及び内容は、産業衛生学会基準及びILO夜業勧告と同様のものとなっている。

     

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