『原告最終準備書面』


第6
クリーンルームでの作業
クリーンルームの環境
 勇士は、被告ニコン熊谷製作所内のクリーンルーム内で業務に従事していた。
 クリーンルームは清浄度や温・湿度環境等を人工的に保ち、究極の人工環境である。したがって、そうした環境を実現するため不可避的に閉鎖環境とならざるを得ない。クリーンルームは室内で作業する作業員のための環境ではなく、生産性・歩留まりの向上を優先させた空間であり、作業者に対し厳しい制限が付加されることは避けられない(甲113、1頁)。即ちクリーンルームは機械のために設置・調整された部屋であって、その室内環境は、人間よりも機械への配慮が優先する(F証言(※ネクスター社員。当時の同僚)速記録5頁)。
 クリーンルーム作業場の一般的な構造は、室外の作業場に較べてより高い清浄度を保つために種々のパネル類によって幾重にも区切られ、その多くは窓が設けられておらず外界とは隔絶された全く人工的な空気環境の世界が形成されている。その環境空気は製品製造等使用目的のための最適条件に基準をおいた完全空調下におかれている。そしてクリーンルームは独立した機能を有していることが多く、相互の関係は少なく発じんを迎えるため人の出入り、移動を極力少なくするように考慮されている。
 外部から完全に遮断され、窓もない狭小な区間において長時間または長期間の作業が継続された場合に考慮される生体影響として、作業者の精神衛生学的影響が考えられている。「クリーンルームの安全衛生管理」(甲113)は、「外部から完全に遮断され、窓もない狭小な区間において長時間または長期間の作業が継続された場合に考慮される生体影響は詳細後述するが、作業者の精神衛生学的影響である。ことに景色変化の乏しい室内での作業における単調作業が継続される場合にはこの影響の増大が考慮される。」としている(同12頁)。
 Dx陳述書も「絶対閉鎖的なクリーンルームは、一般作業環境から隔絶された特殊な労働環境であるばかりでなく、休憩、食事、用便等の日常生活的生理的要求に関しても、他の作業環境とは比較できない厳しい規制、制限があり、その厳守について常に監視下におかれ、精神医学的にも過酷な状況にあり、その職場内での少数作業者間のコミュニケーションも阻害された孤独な心理的環境である。」と述べる(甲99、2頁)。
 被告ニコン熊谷製作所のクリーンルームも、上記で述べられているクリーンルームと同様、塵埃を最小限にするために、窓が設けられていない閉鎖空間であり、入室には防塵服等を着用し、エアーシャワーを浴びなければならないという人工的な空間であった。このようなクリーンルームという特殊環境下での業務は、日常的な空間での業務と比較して、肉体的・精神的負担が大きい。

黄色い照明
 被告ニコン熊谷製作所のクリーンルーム内は、ウエハーに塗布されている感光剤(レジスト)への感光を防ぐため、黄色い単色光で照明されている。
 この黄色い単色光は、人間を著しく疲弊させるものである。
 「半導体製造工程で働くオペレーターの視機能保護について」(甲81)においても、「イエローランプは、非常に輝度が高く、その環境下で作業を続けると、輝度による色順応や眼精疲労を引き起こし、これが遠因となって肩こりや精神的ストレスが起こることが考えられる。」とされており、精神的ストレスを引き起こす要因となることが指摘されている。
 Dx陳述書も「人間の日常の光環境は全整色(バンクロマチック:三原色混合)の適度な照度が要求され、単光色(モノクロマチック)は精神疲労の加速要因、特に橙黄色の単一波長光は疲労をもたらす。」と述べる(甲99、2頁)。

クリーンウェア
 また、クリーンルーム内では、人間からの微量のゴミすら遮断するために、白いクリーンウェアとマスク・ゴーグルを着用するのが一般的である。クリーンウェアは、人間から発生するゴミを遮断するものなので、換気性が悪く、皮膚呼吸が圧迫され、着心地は最悪の部類に属するものであり、クリーンウエアを着用しての作業は相当に疲弊する。
 被告ニコンは、乙25を根拠として平成11年6月1日以前は、クリーンルーム内で手袋・マスクは着用されていなかったと主張する(被告ニコン第7準備書面)。
 しかし、被告ニコンは当初からそれまで一貫してマスクを着用していた旨主張してきており(答弁書、第一準備書面、第2準備書面、第4準備書面、第6準備書面)、また精密度が求められるクリーンルームでマスク・手袋を着用していなかったことはにわかに信じがたい。
 したがって、熊谷製作所のクリーンルームでは、勇士の勤務期間中も手袋・マスクは着用させられていたというべきである。

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