|
出張 |
|
1
|
出張の業務過重性
出張、特に海外の出張は、長距離の移動が必要であること、ホテルに滞在し、慣れない生活環境で生活するうえ、出張のための準備などによって、肉体的・精神的な疲労をもたらす。特に外国への出張は、移動が長時間であることや、異文化と接すること、言葉の問題などにより、国内出張に較べてより一層、肉体的・精神的な疲労をもたらす。しかも、出張することによって、出張のための準備や、出張から戻った後の溜まった仕事の処理などにより、出張前後の仕事も増大する。厚生労働省チェックリスト(甲109の3)においても、出張は、疲労を蓄積させる要因として挙げられている。
|
|
2
|
裁判例 |
|
(1)
|
最高裁判所平成16年9月7日判決
出張における業務の過重性について、最高裁判所平成16年9月7日判決は、1年間における各月の時間外労働時間が18時間休日労働は3日間を超えておらず、出張以前の2ヶ月間、出張以外は時間外労働も休日労働もしていなかった労働者について、当該労働者が4日間の国内出張及び14日間の海外出張をしていることから、通常の勤務状態に照らして異例に強い精神的及び肉体的な負荷が掛かっていたとして、業務の過重性を認定している。
|
|
(2)
|
三井東圧化学事件控訴審判決
東京高等裁判所平成14年3月26日判決(以下「三井東圧化学事件控訴審判決」という)は、「そもそも、出張業務は、列車、航空機等による長時間の移動や待ち時間を余儀なくされ、それ自体苦痛を伴うものである上に、日常生活を不規則なものにし、疲労を蓄積させるものというべきであるから、移動中等の労働密度が高くないことを理由に業務の過重性を否定することは相当ではなく、このような13日間連続の国内外の出張を含んだ一連の業務が極めて過重な精神的、身体的負荷を亡Aに及ぼし、その疲労を蓄積させたことは容易に推認されるところであり」と判示し、出張の業務過重性を認めている。
|
|
3
|
出張時における業務の内容 |
|
(1)
|
被告ニコン熊谷製作所で一度、組み立てられたステッパーは分解されて、運搬し、顧客の工場で再度組み立てて、納品する事になる。しかし、一度分解すると精度が変わるため、再組み立て後、顧客先で再検査を行うことになる。そのため、検査員は顧客の工場に出張して検査をすることになる。再検査は、製造部門の人員と検査員がペアとなって行っていた。検査員は、ステッパーを検査し、検査報告書を作成して顧客に提出し、検査報告書が顧客の要求する基準をクリアーすると、検収が完了して正式に納品されることになる。被告ニコンは、この出張検査を「納入検査」と呼んでいる(被告ニコン第1準備書面13頁)ので、原告もその用例による。
|
|
(2)
|
ところで、検査報告書に規定されるステッパーに要求される項目と基準は、顧客の要望に基づいて作成されるため、顧客によって検査報告書の内容も異なる。検査の方法も、顧客が実際に使用するウエハー、レジスト、レチクルを使い、顧客の指定する検査方法で検査することになる。顧客の検査手順書がある場合には、まず、その検査手順書をある程度理解して検査をしなければならず、理解するにもそれなりの労力と時間がかかった。
|
|
(3)
|
出張における検査は、主に、ステッパーの性能のデータを取って、プリンターで打ち出して報告書に添付し、計算した検査結果を検査報告書に書き込んでいくというものであった。検査の結果、必要な数値を満たさなければ、製造の人に頼んで直してもらうことになる。データは山のようにあり、顧客の工場から帰って、ホテルの部屋で、山のようなデータを見ながら徹夜でデータをまとめなくてはならないこともあった。G陳述書(1)にも「ステッパーをお客様の工場に搬入した後は、約束した期限までに迅速に据付け、立ち上げなければなりません。したがって、どうしても時間外労働(作業)時間が多くなってしまいます。」と陳述されている(乙49、28頁)。そのため、一回出張に行くと肉体的・精神的負荷は相当に大きかった。
|
|
(4)
|
また、納入検査において、検査員は顧客に対してステッパーの最終的な精度、カスタムなどを説明し納得してもらう必要があり、検査員には検査全般の知識・技能・技術のほか、説明力、折衝力も要求されていた(G陳述書(1)(乙49)、7頁)。
|
|
(5)
|
顧客先での検査業務であるため、検収納期に間に合わないと、顧客からの矢の催促があり、検査員が精神的プレッシャーを感じ易い状況にあった。また、検収納期に間に合わない場合は、顧客からだけではなく、同じ納入業者からもプレッシャーをかけられることもあった。
|
|
(6)
|
このように、ステッパーの検査における出張は、顧客先でのステッパーの最終検査のための出張であり、かつ厳しい納期に間に合わせるために、非常にストレスがたまり、かつ労働時間が長期化する傾向にあった。
|
|
4
|
勇士の出張の内容 |
|
(1)
|
3回の出張
勇士は、勤務期間中、海外出張を含む3回の次の長期出張を命じられている。
|
行き先
|
期間
|
期日
|
(1) |
台湾 |
15日間 |
平成10年3月10日〜3月24日 |
(2) |
仙台 |
15日間 |
平成10年7月20日〜8月4日 |
(3) |
台湾 |
4日間 |
平成10年12月2日〜12月5日 |
労働時間については、就業週報(甲10)に記載があるが、その具体的勤務時間は手帳に記載されている(甲35)。そこで、これらの記載から具体的な勤務形態を見てみると次のとおりである。
|
|
(2)
|
第1回出張(台湾)
まず、平成10年3月の台湾出張(第1回出張)は15日間の長期海外出張であった。
基本的に午前9時から午後9時ころまで働き、その労働時間は1日約9時間45分であり、また、休日出勤をしていることがわかる(甲10の6)。
なお、この出張が、勇士にとって初めて海外に行く機会であった。
この出張について、勇士は原告に、「とにかくすごく疲れた。ホントに朝から晩まで。仕事してホテル戻ってそのまま落ちるって感じ。眠いよ。ご飯ろくに食べてないし。菓子パン1個だけとかの日も結構あったよ。ずっと胃腸がおかしい。」と述べている(甲61、8頁)。
|
|
(3)
|
第2回出張(仙台)
次に平成10年7月の仙台出張(第2回出張)は15日間の長期国内出張であった。
第1週目には、午前9時から翌日の午前1時30分ごろまで働いている。第1週には、基本的に1日あたり約15時間もの勤務をしている(甲10の10)。これは所定労働時間の2倍近い。
第2週目には午前9時から早い場合には午後5時30分、遅い場合には午後11時30分まで働いている。
この出張の直後、勇士は7月28日の休日に、岩手県に所在する原告の実家に帰省し、翌29日の昼頃に再び仙台に戻っている。
この実家に帰省した際、勇士は、原告らに「眠くてグラグラする。寝るのがやっとだもの。ホテルの部屋で、パンをかじりながら寝てしまった。昼勤なのに夜中の12時を過ぎたりするから夜勤のような感覚がある。」と訴えている(甲61、12頁)。
|
|
(4)
|
第3回出張(台湾)
第3回出張時は4日間の海外出張であった。
就業週報によると、1日8時間から11時間30分の長時間の勤務していることがわかる(甲10の15)。
この出張について、勇士は原告に対し、「今回一人だったのでとにかく疲れた。目が充血している。神経が一段と高ぶっている。」と述べている(甲61、22頁)。 |
|
5
|
小括
出張時の納入検査は、顧客への納品直前の最終工程であり、前工程の作業の遅れのしわ寄せが来るところでもあるため、納期に間に合わせるために、相当の精神的プレッシャーと長時間労働が迫られる作業であり、納入検査を行う出張時には、勇士は、長時間の残業と休日労働を強いられた。
しかも、このような出張しての納入検査を、二交替制勤務の間に突如として命じられるのである。二交替制勤務の間に、このような出張を伴う納入検査を行うことが、疲労の蓄積を促進したことは明らかである。
これら3回にわたる出張による業務の負荷は大きく、出張によっても、勇士には肉体的・精神的疲労は蓄積した。 |