『原告最終準備書面』


第11
15日間連続勤務
新型開発機ARXBの検査
 勇士は、平成11年1月24日から2月7日まで15日間連続して長時間勤務をした。
 新型開発ステッパー「ARXB」の検査スケジュールは、1月11日の精度確認にはじまり、2月7日までであった(甲79)。H証人は、「一応、装置が使える期間が決まっていまして、この作業も、一応スケジューリングされているんです。それにあわせて2月7日というふうになっていました。」と証言し(H証言速記録(2)12頁)、検査のデッドラインが決まっていたことを証言している。
 勇士が15日間の長時間連続勤務という過酷な勤務を強いられたのは、ARXBが開発中の新型機種であるため、予想外の不具合などが多発し、調整に手間取る一方で、納期に間に合わせるために、不具合を発見し修正するための検査を数多く行わなければならなかったためと考えられる。また、膨大なメールの処理を1人でこなさなければならなかったことも、長時間労働の一要因となった。
 勇士が、15日間連続勤務に従事しなければならなかった理由について、G証人は「ARX4を製品として立ち上げるためにソフトを開発しなきゃいけなかったんですね。そのために製品が出荷する期限って当然ありますよね。その間にソフトをリリースしなきゃいけないということもありまして、どうしても2月の、ちょっと期限は今忘れましたけど、2月上旬までにやらなきゃいけない作業のために、ソフトのほうのリーダーが判断して、そういうふうになるのと、私もそういうふうに判断しました。」(G証言速記録50頁)と証言し、ARX4という別機種のソフト検査の納期を守るためであったことを明らかにしている。
 また、このような15日間連続勤務は、被告ニコンにおいても珍しいことであり、G証人は「このように連続で実習、あるいは検査をするというようなことはよくあることなんでしょうか。」という尋問に対し、「よくはありません、例外的なことです。基本的には、私もチーフといたしましてこのようなことがないように心掛けていますが、実際は、このときはいろいろな諸事情があって、このようになってしまいました。」と証言する(G証言速記録24頁)。
 H証人も、「ソフト検査をしていて、全く休日が取れなくなってしまったと、こういう経験がありますか。」という尋問に対して、「それはないです。」と証言する(H証言速記録26頁)。

15日連続勤務の状況
 15日間連続勤務の状況については、就業週報(甲10の15、16)のとおりであるが、抽出して、表にすると次の通りである。
【15日間連続勤務の状況】

日付
曜日
出勤
退勤
総労働時間 備考  
1/24 (日) 12:50 19:35 6:30 休日出勤  
1/25 (月) 8:24 22:31 12:15    
1/26 (火) 8:26 19:38 9:45    
1/27 (水) 8:25 23:30 13:15    
1/28 (木) 9:02 21:10 10:00 休日出勤  
1/29 (金) 12:49 21:39 8:00 休日出勤  
1/30 (土) 8:19 00:26 14:00 休日出勤 翌日まで勤務
1/31 (日) 8:27 20:43 10:30 休日出勤  
2/1 (月) 8:23 23:53 13:15    
2/2 (火) 8:19 22:01 11:45    
2/3 (水) 12:53 00:34 10:30 休日出勤 翌日まで勤務
2/4 (木) 8:25 19:48 9:45    
2/5 (金) 8:25 23:02 12:45    
2/6 (土) 8:26 00:32 13:45 翌日まで勤務  
2/7 (日) 8:18 16:41 7:00 休日出勤  
(平均労働時間) 13:08    

この15日間連続勤務においては、勇士は、概ね8時30分頃から業務を開始し、平均して約13時間も働いている。15日間で合計197時間の勤務である。長時間労働のため、翌日まで勤務を持ち越した日が合計3日ある。このような過酷な勤務を行えば、誰であっても健康への悪影響は避けることはできない。
 この勤務について、勇士は、原告に、「連日帰りが遅い。くたくた。いつ起きて、いつ寝ているのか、分からない感覚だ。」(原告証言速記録(2)2頁)と述べている。
 勇士は、15日間連続の長時間勤務により、心身の状態は決定的に悪化した。かつ、勇士は、この後また2月15日から17日及び25日に深夜勤務に従事させられ、心身の状態が最悪の状態となった。

同僚との比較・サポートの不存在
 勇士がこのような15日間連続の長時間勤務に従事しているにもかかわらず、他のソフト検査員は勇士をサポートすることもなく、比較的自由に休日を取得していた。
 ARXB検査期間(平成11年1月11日〜同年2月7日)における訴外勇士と訴外Sらとの出退社時刻(甲79)によると、1月17日、1月27日、2月7日の合計3日は勇士のみが出勤し、他の4人(S、T、U、H)は出勤していない。また、1月14日、15日、16日、30日、2月1日、6日の合計6日は、勇士のみが会社に残って、他の4人は先に退社している。4人は所定休日又はその代休を取得しており、Tに至っては、2月3日から5日に3日間の休暇まで取得している。同僚の勤務と比較してみると、この期間、勇士のみが長時間労働・休日労働に従事してきたことは明らかである。
 この点、G証人は、「15日間の間に1日くらい勇士君に休みを与えるために、彼らの休みが一杯あるんだから、1日くらいサポートさせてあげてもよかったんじゃないですか。」という尋問に対して、「そういうふうに思うこともあります。」と証言している(G証言速記録51頁)。
 また、この15日間の連続勤務において、特定の指導者が勇士をサポートするという体制もなかった(H証言速記録30頁)。
 なお、Tについては、H証人は「Tさんは、ソフト検査のほうで来たわけではなくて、新機種が入ったのでそれを見に来ていた。」「Tさんは一般検査のリーダーのほうをされていたと思うんですけど、新機種が入ったので、その装置の勉強をしに来たんですね。」と証言し(H証言速記録(2)13頁)、Tがソフト検査については専門的な知識を有していなかったことを示唆する証言をしている。
 このように、勇士は他の者のサポートを受けることなく、15日間連続の長時間勤務に従事せざるを得なかったのである。かつ、勇士は、この15日間連続勤務の後また深夜勤務に従事させられた。

第12
派遣労働者ゆえの身体的・精神的負担
 派遣労働者等の外部労働者は、正社員に較べて雇用契約上の身分保障がなく弱い立場にあり、言いたいことも言えず、正社員が引受けないような嫌な仕事や時間外労働・休日出勤等をせざる得ず、肉体的負担や、精神的ストレスが溜まりやすい。
 また、派遣労働者については、一般的にその健康管理責任は派遣元企業に、有害業務などの健康管理業務は派遣先の企業にあるが、現実には責任の所在があいまいとなり、健康管理の埒外に置かれることが多い(甲116)。
 現に、15日間連続勤務の際には、勇士のみが長時間残業と休日出勤をし、他の4人は早く退社したり休日を取得している。
 勇士は、派遣社員について、「皆、半年も経たないうちから解雇の話をされ始めた。こうやって出張とか一生懸命頑張っているのに。ニコンは見通しも立てずに派遣社員をたくさん採用し、勝手にクビを切っていく。派遣社員て使い捨ての便利な社員なんだ。」と感想を漏らしている(甲61、13頁)。
 F証人も、「ニコン熊谷では派遣は、使い捨てですね、使い捨て。また、効率に合わせた人員調整のための、まあ簡単に増減できるような簡単な人手ですね。」と証言する(F証言速記録21頁)。
 また、Ey作成の陳述書(甲104)及びFz作成の陳述書(甲105)にも、派遣社員・請負社員の労働環境・待遇の悪さが述べられている。
 さらに、第3章第2で述べたとおり、被告らの脱法行為により、勇士には、派遣労働者としての最低限の保護も与えられていなかった。
 したがって、勇士には、派遣労働者であるために生じる特有の肉体的負担や、精神的ストレスが生じることとなった。

第13
ま と め
 以上のとおり、勇士の業務は、業務内容自体が専門的かつ厳しい納期があり、また、熊谷製作所における交替制勤務は、夜勤がそもそも反生理的な勤務であることから慎重に運用されるべきであるにもかかわらず、産業衛生学会基準を大きく逸脱したものであり、肉体的・精神的に大きな負荷をかける勤務形態であった。さらに、勇士には、不規則勤務、クリーンルームでの作業、出張、引越し、15日間連続勤務及び派遣労働者ゆえの負担などにより、より一層、肉体的・精神的な負荷がかかることになった。以上の事実関係によれば、勇士の業務は著しく過重な業務であったといわざるを得ない。

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