『原告最終準備書面』


 
第7章 勇士のうつ病の発症
第1
勇士のうつ病の発症
 T.T鑑定書の概要
 T.T医師は、勇士は、平成10年11月の時点で「軽症うつ病エピソード」を発症し、平成11年2月中旬より増悪して「中等症うつ病エピソード」を発症したと鑑定する。T.T鑑定書(1)(甲60)の概要は以下のとおりであり、甲92はその内容を整理・要約したものである。
 
(1)
勇士は、被告ネクスター就職以前は、心身ともに健康であった。
 
(2)
勇士は、平成10年11月の時点で、ICD-10のF32.0「軽症うつ病エピソード」を発症していた。それは、平成11年2月中旬まで持続した。
 
(3)
勇士のうつ病エピソードは、平成11年2月中旬より増悪し、ICD-10のF32.1「中等症うつ病エピソード」へと増悪した。
 
(4)
勇士の生活歴、病前性格には、うつ病発病の特別の脆弱性は見られない。
 
(5)
家族歴、家族状況も含め、仕事以外のことで、うつ病エピソードを発病させるストレス要因は、認められない。
 
(6)
勇士のうつ病エピソードは、仕事に関連して起こった可能性が高い。また、平成11年1月に急遽劣悪な住環境に引越しさせられたこと、平成11年2月の退職の申し出にスムーズに対応されなかったことが、増悪ストレスとなったと考えられる。
 
(7)
被告ネクスターおよび被告ニコンの、二交替勤務者に対するメンタルヘルス管理には、不十分点が認められる。
 
(8)
勇士の自殺行動は、「うつ病エピソード」の結果生じたものである。

 T.T医師の鑑定手法
 
(1)
ICD-10について
 うつ病の診断においては、世界保健機構(WHO)が作成したICD-10を診断のためのガイドラインとして用いるのが一般的である。旧労働省の「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(以下「旧労働省判断指針」という)においても、精神障害の発病の有無、発病時期及び疾患名の判断にあたっては、ICD-10診断ガイドラインによるものとされている。
 T.T医師は、勇士のうつ病の発症を判断する基準として「ICD-10 精神および行動の障害 DCR研究用診断基準」(以下「ICD-10 DCR」という、甲85)を採用している。一般臨床においては、「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」(以下「ICD-10 CDDG」を用いて診察されるが、ICD-10 DCRは研究のためより均一な患者群を限定するため用いられ、厳密性を追求した基準である(甲93、48頁。甲94)。したがって、T.T医師は、勇士のうつ病の発症の有無についてICD-10より厳密な診断基準により判断している。
 なお、同基準において、うつ病を診断するにつき通常必要とされる2週間の経過観察については、患者が医師の診察を受けないまま死亡して経過観察が不能となった場合までこれを要求することは不合理であり、この要件を絶対視することは相当でない(長野地方裁判所平成11年3月12日判決(いわゆる「プレス工過労自殺事件」)「第三、五、1」判示部分も同旨)。
 
(2)
ICD-10 DCRの診断基準
 ICD-10 DCRの診断基準(甲85)は以下のとおりである。

F32.0 軽症うつ病エピソード
A. うつ病エピソード(F32)の全般基準を満たすこと。
B. 次の3項の症状のうち少なくとも2項があること。
  (1) 対象者にとって明らかに異常で、著明な抑うつ気分が、周囲の状況にほとんど影響されることなく、少なくとも2週間のほとんど毎日かつ1日の大部分続く
  (2) 通常なら楽しいはずの活動における興味や喜びの喪失
  (3) 活動の減退または疲労感の増加
C. 次に示す付加的な症状を併せて、B項との合計が少なくとも4項あること。
  (1) 自信喪失、自尊心の喪失
  (2) 自責感や、過度で不適切な罪悪感といった不合理な感情
  (3) 死や自殺についての繰り返し起こる考え、あるいは他の自殺的な行為
  (4) 思考力や集中力の低下の訴え、あるいはその証拠。
  (5) 焦燥あるいは遅滞をともなう精神運動性の変化(主観的なものであれ客観的なものであれ、いずれでもよい)
  (6) いろいろなタイプの睡眠障害
  (7) 相応の体重変化をともなう食欲の変化(減退または増進)

F32.1 中等症うつ病エピソード
A. うつ病エピソード(F32)の全般基準を満たすこと。
B. F32.0のB項における3項の症状のうち、少なくとも2項があること。
C. F32.0のC項における付加的症状を併せて、B項との合計が少なくとも6項あること。
 
(3)
最高裁判所平成1

 勇士のうつ病の発症の経緯
 勇士のうつ病の発症の経緯は以下のとおりである。なお、勇士の具体的な言動については、第5章のとおりである。
(1)
二交替制勤務開始時
 勇士は、平成9年10月に被告ネクスターに入社し、被告ニコン熊谷製作所で働き始め、同年12月15日より二交替勤務になった。勇士は、もともと健康体であったが、その12月末には、すでに眠りにくさと「胃の調子が悪い」と述べており(甲61、6-9頁)、「夜勤効果 shift lag 」の3つの特徴的症状、即ち、(1)入眠困難(不眠)、(2)食欲不振・胃腸障害、(3)作業能力の低下と疲労のうちの2症状、入眠困難と胃腸障害が出現し始めた。
 以下は、この時期の勇士の言動である。

1) 「なかなかうまく眠れない」(甲61、6頁 上から5行目)
2) 「胃の調子が悪くなっちゃった」(同 6行目)
3) 「最近、下痢が続いているんだ」(同7頁 上から8行目)
4) (食事の量は)量的には以前と比較にならない程少量 (同9頁 上から11行目)
(2)
平成10年5月から7月
 平成10年5月の時点では、ひどい疲労感の訴えも加わり(甲61、10頁)、上記の3症状が出揃った。勇士は、この時点で、過労状態・慢性疲労状態に陥っていた。そして、平成10年6月、7月の時点では、痩せ(夜勤不適応による体重減少)も加わり、疲労蓄積が更に進み、より重度の過労状態・慢性疲労状態に陥った。
  以下は、この時期の勇士の言動である。
1) 「無理して三食取ると胃が痛くなる」(甲61、9頁 下から5行目)
2) 「ずっとだるいし疲労を感じる」(同10頁 下から7行目)
3) 「横になってゆっくり寝ていたい。全身がだるくてしょうがいないよ。」(同11頁 上から6行目)
4) 「睡眠4時間ぐらいだ。」(同12頁 上から3行目、下から4行目)
5) 「眠くてグラグラする。」(同 下から6行目)
6) 「夜遅くに食べると朝まで胃が痛い。」(同13頁 上から1行目)

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