『原告最終準備書面』


 
(3)

平成10年8月から10月
 その後、平成10年8月ごろからは、激怒したり、声もイライラした感じとなり、また休みの日も一人で横になっていたいと洩らすなど(甲61、14頁)、不安・緊張、いらいら感・内的焦燥、快楽行動の消失といった精神面での変調が生じ始め、同年9月・10月にかけて増強していった。このような精神面の変調は、うつ病の前駆状態であったと考えられる。

以下は、この時期の勇士の言動である。

1) 勇士は、「俺だけが残ったのは今の仕事の評価だからか? 残業や仕事を断ったら俺もクビだろう。」と、本人がこんなに激怒してまくし立てるのは、初めてだったので、私は大変驚きました。(14頁 上から8行目)
2) 「休みの日はどこにも行かないで、一人で家で横になっていたいんだ。とにかく寝るだけだよ」(15頁 下から6行目)
3)  (勇士の)声もイライラした感じでした。(同 下から1行目)
4) 勇士は激痩せぶりが定着してしまったように見えました。(18頁 上から4行目

 ただし、原告陳述書(1)(甲61、14頁)に述べられているように、8月8日にパソコンを注文して楽しみにしたり、8月13日「落ち着いて食事作って食べる」など、一時的に精神的に安定したように見える状態がある。これは、7月19日〜8月4日の出張後に11日間夜勤のない日が続いたが、そのために夜眠がとれて蓄積疲労が完全ではないにしても少しは改善したためと推測される。
 また、勇士は、9月17日から10月31日まで、従来のシフトが変更されて夜勤が昼勤となった。そのため、この期間においても勇士の蓄積疲労は完全ではないにしても少しは改善したと考えられる。
 原告陳述書(1)(甲61、17頁)には、10月18日に勇士が「ディスカウントショップに行って」「新型の安い洗濯機を見つけてあげると張り切って」いたということが陳述されている。
 しかし、勇士は、10月24日に、「東京の実家」に一泊した際に、「昼勤になって前よりは落ち着いたんだけどね。時間も規則正しく成ってきたから、また食事・献立作り・トレーニングと工夫してみてるんだけど。なかなか疲労感が取れないんだよね。1時間残業しただけなのに、すごく疲れてね。昼勤の9時間45分も結構辛く感じるんだ。」と述懐しており、昼勤シフトになっても、これまでの蓄積疲労が完全に解消されないことが端的に述べられている。この時期にも慢性疲労状態・過労状態が持続していた。

(4)
平成10年11月
 そして、勇士は、平成10年11月1日から従来の二交替勤務のシフトに再び復帰することになり、二交替制勤務等による疲労が蓄積していった結果、勇士は「記憶が悪くなっている」「集中して考えられない。」と訴え(甲61、19頁)、記憶力低下、集中力低下(認知機能低下)も生じることとなった。

以下は、この時期の勇士の言動である。

1) 「体がだるい、休みの日は熊谷で横になっているから」(甲61、19頁 上から1行目)
2) 「頭痛がするんだよね」(同 下から8行目)
3) 「最近、すごく記憶が悪くなっているんだ。」(同 下から10行目)
4) 「集中して考えられない。何でも能率が悪いんだ。」(同 下から5行目)
5) 「息苦しい様な感じがするんだ。」(同 下から4行目)
6) 「完全にばてた、この頃は9時間45分のいつもの労働でも疲れる。」(同20頁 上から3行目)
7) 「集中力を高めるため」通信販売でα波発生装置を購入(同 下から7行目)
8) 愚痴と他人の批判のような事を言う事が多くなりました。(同21頁 下から7行目)
9) 「強烈な頭痛がする」(同 下から1行目)

 この時期の勇士は、ICD-10のF32.0「軽症うつ病エピソード」の診断基準のうち、A項目の3項目((1)2週間以上続くエピソード、(2)躁病性症状がない、(3)薬物依存や器質性精神障害がない)全てを満たし、B項目の3項目のうち2項目((1)快楽感情、快楽行動への興味の喪失、(2)活力減退、疲労感の増加)、かつC項目のうち3項目((1)思考力低下、(2)焦燥、精神運動遅滞、(3)体重変化をともなう食欲変化)に該当しており、「軽症うつ病エピソード」の要件を満たしている。
 このように、平成10年11月に、勇士は、ICD-10のF32.0「軽症うつ病エピソード」の診断基準に合致するうつ病を発症した。


(5)
平成10年12月から1月
 さらに、平成11年1月5日に劣悪な住環境に引越しさせられたことや、新型開発機のソフト検査に15日間連続して長時間の労働に従事したことが、うつ病の増悪に拍車を掛けた。

以下は、この時期の勇士の言動である。

1) 12/20 「気がつくとテレビをぼうっと見てしまっている。」 (甲61、23頁)
2) 12/31 暮れの買い物に誘ったのですが「そんな気分になれない。」と言って勇士は来ませんでした。(同25頁)
3) 「最近簡単な単語もよく打ち間違えるんだよね。」(同25頁)
4) 無表情で、別の方向を見てじっとしていました。(同27頁)
5) 衣擦れの音や、畳のきしむ音などで、勇士はそのたびに目を開いていました。(同27頁)

(6)
平成11年2月
 勇士は、2月22日及び23日には、体調不良の理由で欠勤した。うつ病エピソードは、律儀な性格である勇士が欠勤するほどの思考行動抑制の増強や、外から見て取れるほど強度の苦悩・抑うつ気分が出現し、また強度の感情表出の減少・快楽感情の喪失が見られるようになった(甲61、35頁)。

以下は、この時期の勇士の言動である。

 このように、勇士は、ICD-10のF32.0「中等症うつ病エピソード」の診断基準のうち、B項目の「抑うつ気分の2週間の持続」とC項目の「睡眠障害」にも該当することとなり、「中等症うつ病エピソード」の要件を満たすことになった。
 このように、平成11年2月には、勇士のうつ病の重症度は増大し、ICD-10のF32.1「中等症うつ病エピソード」に至った。
 勇士は、口にこそ出さなかったが、2月23日の時点では「希死念慮」がほぼ確実にあったと考えられる(T.T証言速記録70頁)。
 なお、中等症うつ病エピソード発症後、勇士は、2月23日に、最後の脱出の手段として退職を願い出たが、「退職願」がすぐに処理されなかったことによる絶望感により、無断欠勤するに至り、3月5日(推定)に自殺した。

(7)
小  括
 以上の経過の特徴より、臨床精神医学的観点からすれば、本人のうつ病は、反生理的な二交替勤務を続けた結果、疲労が回復しないまま蓄積し、慢性疲労状態・過労状態に陥り、ついには精神障害=「うつ病エピソード」を発病したと結論付けられる。
 
(8)
勇士の自殺行動は、「うつ病エピソード」の結果生じたものである。

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