『原告最終準備書面』


 
第8章 業務とうつ病の相当因果関係
第1
はじめに
 勇士の業務が、業務自体が専門性・厳しい納期によるストレスがあるものであったこと、反生理的な二交替制勤務、不規則勤務、クリーンルーム内勤務、出張、新型開発機の担当等により、肉体的のみならず、精神的にも過重な負荷となるものであったことや、うつ病発症の経緯からして、業務とうつ病の発症及び自殺との間に相当因果関係があったことは明らかである。T.T鑑定書(2)(甲69)(その要約が甲92である)も、勇士の業務とうつ病との相当因果関係があると結論付けている。以下詳論する。

第2
相当因果関係の存在
 
勇士は被告ネクスターに入社するまで、心身とも健康であった。

 
しかし、平成9年12月15日から、二交替制勤務が始まったことにより、前述したような二交替制勤務による業務過重の状態が続き、かつ被告ニコンや被告ネクスターからの特別の配慮・支援はなく、孤立した状態で業務をこなしてきた。その結果、約半年後の平成10年5月には、慢性疲労状態・過労状態に陥った。

 
さらに、頻繁なシフト変更による不規則勤務(合計13回)、閉鎖された特殊環境であるため負荷が大きいクリーンルーム内での作業、2回の約2週間にわたる長期出張における長時間労働により、勇士の慢性疲労状態・過労状態は、回復することはなく、次第に重くなっていった。

 
勇士本人が直接に退職を強要されたわけではないが、平成10年8月から10月頃に、勇士の周囲で次々に解雇者が出たため、勇士は、次は自分の番なのかもしれないと「解雇通告への不安」を持っていた。また、解雇されないために、評価を落とさないように頑張らなければならないと考えるに至った。

 
二交替制勤務による慢性疲労状態・過労状態に加えて、不規則勤務・クリーンルーム内作業・長期出張・リストラへの不安によって、勇士は、平成10年8月から10月にはうつ病等の精神疾患発症の前駆状態となった。

 
勇士は二交替制勤務に引き続き従事したため、同年11月には「軽症うつ病エピソード」を発病するに至った。

 
被告ネクスターは、平成11年の正月休み明け早々に、急遽社員寮の引越しを通告し、その結果、勇士は正月休暇の最終日平成11年1月5日に、条件の悪い劣悪なアパート・社員寮へ引っ越した。

 
さらに、勇士は、平成11年1月14日から2月7日まで、新型開発機のソフト検査に従事させられたが、前述のとおりソフト検査はより高度な業務内容を有しており、かつ勤務時間が長時間となった。その結果、平成11年1月24日から2月7日の連続15日間勤務をふくむ仕事量の増大を引き起こし、軽症うつ病に陥っていた勇士の健康状態を更に悪化させた。

 
その結果、勇士のうつ病エピソードは重症化し、平成10年2月には、「中等症うつ病エピソード」に陥った。

 
10
勇士は、過重な労働から解放される最後の逃げ道として被告ネクスターに退職を申し出たが、受け入れられず、最後の逃げ道も塞がれることとなったため、うつ状態が一層悪化し、自殺した。

 
11
二交替勤務が慢性疲労状態を引き起こし、労働者の心身に悪影響を及ぼすものであることは、多くの文献・裁判例(甲51、甲64、甲70、甲84、甲107、甲108の4)が述べており、医学的常識となっている。特に、内山報告書(甲108の2)は、交替勤務がうつ病の直接の原因となる可能性が高いと明確に述べている。また、不規則勤務・クリーンルーム・出張が労働者の心身に悪影響を及ぼすものであることも、多くの文献・裁判例で述べられている(甲52、甲113)。

 
12
勇士には精神疾患の既往はなく、勇士の家族にも精神疾患の既往はない。

第3
小括
 以上の事実及び医学的知見からすれば、勇士のうつ病エピソードの発症・増悪は、業務における強度の肉体的・精神的負荷によるものであり、勇士の業務とうつ病発症・増悪との間には相当因果関係がある。そして、前述のとおり、うつ病発症をした者は自殺を図る蓋然性が高いのであるから、勇士の業務と自殺との間にも相当因果関係が認められる。

第9章 被告らの安全配慮義務違反
第1
使用者の安全配慮義務
 使用者の安全配慮義務について、判例(電通事件最高裁判決)は、「使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う」としている。

 また、予見可能性の判断について、東京地方裁判所平成16年9月16日判決は、「安全配慮義務の前提として、使用者が認識すべき予見義務の内容は、生命・健康という被害法益の重大性に鑑み、安全性に疑念を抱かせる程度の抽象的な危惧であれば足り、必ずしも生命・健康に対する障害の性質、程度や発症頻度まで具体的に認識する必要はないというべきである(福岡高裁平成元年3月31日判決・判例時報1311号45頁参照)。」と判示している。
 電通事件最高裁判決についての最高裁判所調査官による判例解説においても、「本判決の述べるように、長時間労働の継続などにより疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると労働省の心身の健康を損なうおそれがあることは周知のところであり、うつ病罹患またはこれによる自殺はその一態様である。被害者の健康状態が悪化したことが外見上明らかになっていた段階では、既にうつ病罹患という結果の発生を避けられなかった可能性もあることを考えると、使用者またはその代理監督者が回避する必要があるのは、やはり、右のような結果を生む原因となる危険な状態の発生というべきで、予見の対象も右に対応したものとなると考えられる」と述べられている(法曹時報第52巻9号339頁)


第2
安全配慮義務の主体
 勇士の雇用形態の実態が派遣労働者であったことは、第3章第2記載のとおりである。派遣労働関係においては、安全配慮義務の主体は、まずは労働契約の当事者たる派遣元であるが、派遣先の事業主は、労働安全衛生法上、派遣労働者の安全衛生を確保すべき一般的責務と諸種の具体的義務を負うので、安全配慮義務については、派遣先の事業主もこれら安全衛生上の責務を基礎とした義務を負うことになる。
 仮に、勇士が請負労働者であり(その実質がそうでないことは前述のとおりであるが)、被告ニコンとの間に直接の契約関係がない場合であったとしても、判例(最高裁判所平成3年4月11日判決(民集162号295頁))は、元請企業と下請企業労働者が「特別な社会的接触関係」に入ったことを理由に信義則上の義務として元請企業に安全配慮義務を認めており、勇士と被告ニコンは特別な社会的接触関係に入っていることから、被告ニコンは安全配慮義務を負う(なお、直接の雇用者である被告ネクスターが安全配慮義務を負うのは当然である)。
 したがって、本件の事実関係においては、被告ニコン及び被告ネクスターの双方共に安全配慮義務を負う。

第3
本件安全配慮義務違反
 被告らは、第1記載の安全配慮義務を負っているにもかかわらず、本件につき、被告らには以下のとおり重大な安全配慮義務違反があり、これらの結果、勇士はうつ病を発症・増悪して自殺に至ったものである。

夜勤・交替制勤務
 第一に、夜勤・交替制勤務に就く労働者は、第6章第4で述べたとおり心身の健康を損なう危険性が大きいので、使用者としては、勤務時間、夜勤回数等において業務が過重にならないように注意すべき義務がある。
 産業衛生学会は、昭和53年5月「夜勤・交代制勤務に関する意見書」(甲84)を発表しているが、ここで示された基準は、使用者が労働者を夜勤・交替制勤務に従事させる場合の最低限遵守すべき内容であるにもかかわらず、被告らは、この基準を遵守せず勇士を過重な業務に従事させたものである。即ち、第6章第4、6で詳述したとおり、
(1) 週労働時間が週平均40時間を繰り返し超えていること
(2) 1日の夜勤時間が8時間を恒常的に超えていること
(3) 仮眠休養時間を与えていないこと
(4) 連続夜勤が繰り返されていること
(5) 勤務時間の間隔が短いこと
(6) 必要な休日が確保されていないこと
が明確である。
 勇士は、上記基準に幾重にも違反した労働を課せられた結果、心身の疲労が蓄積することとなった。
   

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