|
|
|
|
2
|
不規則な勤務
第二に、第6章第5で詳述したように、不規則に夜勤・交替制勤務が組み込まれることは身体の変調をきたす要因となるにもかかわらず、被告らは、勇士の勤務を頻繁に変更し、このシフト変更の結果、勇士の疲労が一層蓄積することとなった。被告らは、勇士を、後述3の15日間連続勤務後にもまた深夜勤務に従事させ、なお一層の疲労蓄積をさせた。
|
|
3
|
15日間連続勤務
第三に、夜勤・交替制勤務に就くことのある労働者に対しては、とりわけ休日を十分に確保すべきにもかかわらず、第6章第11で詳述したとおり、被告らは、勇士に対して、平成11年1月24日から2月7日まで15日間連続勤務を課して、同人の疲労を一層蓄積させ、心身の健康を決定的に損なう結果を招いた。
|
|
4
|
派遣労働者としての負担
第四に、第3章第2で詳述したとおり、被告らは形式上両被告間の請負契約の装いをとっていたが、勇士は実質的には派遣労働者であった。かかる脱法行為の結果、勇士を労働者として極めて不安定で権利主張することが困難な地位に立たせることになった。
被告ニコン熊谷製作所においては、第6章第12で詳述したとおり、派遣労働者という地位そのものが、正社員と比較して業務面でも待遇面でも大きく不利なものである。派遣社員は、正社員がやらないような嫌な仕事を押し付けられ、正社員は休日を取得しているにもかかわらず、長時間労働や休日出勤をせざるを得ない。また、雇用の調整弁として真っ先にリストラの対象となり、リストラへの不安を抱えざるをえない。
このような派遣社員という不安定な身分であり、しかも被告らの労働者派遣事業法の潜脱行為によって同法の保護すら与えられていないために、勇士の心理的負荷を一層増幅させた。
|
|
5
|
クリーンルーム
第五に、被告らは、クリーンルームという精神医学的にも過酷な作業環境において労働者に業務を命ずる際には、労働条件をより改善すべきにもかかわらず、作業員に対して立ちっぱなしの作業を命じ、また、快適な休憩室での休憩時間を十分に確保すべきにもかかわらず、これを怠るなどして、勇士の肉体的精神的負荷を一層増幅させた。
|
|
6
|
出張・ソフト検査・引越等
第六に、被告らは、夜勤・交替制勤務に就くことのある労働者に対しては、その健康状態に十分配慮すべきであるにもかかわらず、海外出張を含む長期の出張に従事させ、十分な指導担当者もつけないまま高度なソフト検査に従事させ、劣悪な環境下に突然引越しを命じる等により、勇士の肉体的精神的負荷を一層増幅させた。
|
|
7
|
法定健康診断の不実施
第七に,被告らは、勇士を実質派遣労働の形態で夜勤・交替制勤務にてクリーンルームで業務をさせるという極めて特異な労働条件であることに鑑み、労働法規等で定められている健康診断を十分に実施し、勇士の健康状態を使用者として的確に把握すべきであるにもかかわらず、これを怠った。
産業衛生学会意見書でも「交替勤務に配置後半年以内および1年以内に各人の適応状態を医学的に把握し、睡眠障害、体重減少または健康状態の低下が認められる場合には、表16に準ずる担当医師の意見にもとづき、適切な措置を講ずるべきである。」(甲84、328頁)と述べられている。
|
|
(1)
|
労働安全衛生法
労働安全衛生法第66条1項は、「事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による健康診断を行わなければならない。」と規定する。なお、事業者とは「事業を行なう者で、労働者を使用するものをいう」とされている(同法第2条第3号)
同条を受けて、労働安全衛生規則第44条1項は、「事業者は常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、定期に、次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。」と規定し、年1回の健康診断をすることを事業者に義務づけている(定期健康診断)。
また、労働安全衛生規則第45条1項は、深夜業に従事する労働者(同規則13条2項ヌ号)に対しては、6ヶ月以内ごとに、1回、定期に、労働安全衛生規則第44条1項各号に掲げる項目について医師による健康診断を行わなければならないと規定し、深夜労働者については6ヶ月に1回の健康診断をすることを事業者に義務づけている(特定業務従事者の健康診断)。
なお、労働安全衛生規則第43条1項は、労働者を雇い入れるときにも医師による健康診断をすることを事業者に義務づけている。
以上のとおり、深夜業に従事していた勇士については、労働安全衛生法第66条1項及び労働安全衛生規則第45条1項に従い、6ヶ月に1回の健康診断を実施することが事業者に義務づけられている。
|
|
(2)
|
健康診断の実施状況
もっとも、第5章第2 「3」で述べたとおり、勇士の健康診断は、雇入時健康診断がなされたのみであり、6ヶ月に1回の特定業務従事者の健康診断はもちろんのこと、1年に1回の定期健康診断すら実施されていない。
特に平成10年秋季健康診断については、見積もりのみが証拠として提出され、しかも、見積もりには勇士の氏名は全く伺われない。なお、被告ニコンは、「請負作業者については、雇用主である請負会社から依頼があった場合にのみ、その定期健康診断を代行していました。ネクスターからは定期健康診断の代行の依頼があったので、その請負作業者に対し、春季健康診断を実施しています。」(G陳述書(1)乙49、33頁)と述べているが、秋季健康診断については触れられていない。以上から、明らかに、6ヶ月に1回の特定業務従事者の健康診断は実施されていない。
|
|
(3)
|
健康診断書の保管
労働安全衛生規則第51条は、健康診断の結果に基づき健康診断個人票を作成して、これを5年間保存しなければならないと規定している。ところが、被告ネクスターは、上記保存期間内にもかかわらず、勇士の健康診断個人票を紛失したと主張しているが(健康診断個人票を紛失したのではなく、健康診断が未実施であったことは前述のとおりであるが)、同健康診断個人票は法律で保存が義務付けられているものであり、被告ネクスターの主張は、自らの健康管理が極めて杜撰であることを自白するものに他ならない。
|
|
8
|
無断欠勤への対応
第八に、勇士が平成11年2月26日に無断欠勤した際にも、メンタルヘルスの観点から異常を察知して必要な行動を行うべきだったにもかかわらず、3月10日の遺体発見まで何らの措置もとらなかった。
勇士は、平成11年2月26日から無断欠勤をしているが、勇士の真面目な性格からして無断欠勤は通常ありえない。遅刻、欠勤は、自殺のサインのひとつとされている(甲49、47頁。T.T証言速記録11-12頁)。しかし、被告らは、無断欠勤した勇士に対して何の対応も行わず、留守番電話を入れる程度の対応で済ませ、同年3月10日に母親の要請があるまで、勇士と連絡を取らないまま、2週間近くも勇士の所在を確認することはなかったというのは驚くほかない。
通常の企業であれば、自らの従業員が無断欠勤し、しかも連絡も取れない状況が続いた場合には、自殺や事故に巻き込まれた可能性があるとして、少なくとも所在の確認や、親族に連絡するなど必要な対策を取り、2週間も放置していることはあり得ない。被告らは、母親である原告に対しても、勇士が無断欠勤している事すら連絡していない。
被告ニコン作成のパンフレットにも「欠勤などが続き部下の様子が普段とおかしいと感じ取ったときには、部下に様子を聞き(リスニング)、悩んでいるようであれば、その結果を産業医に相談し、産業医の指示にもとづき管理監督者がカウンセラーに相談(場合によっては、直接カウンセラーへの相談もあり得る。)。カウンセラーが本人との面談を指示(要求)した場合、管理監督者はその旨を本人に伝え、カウンセラーとの面談を指示することである」(乙37、資料1)と記載はされているにもかかわらず、被告ニコンのG証人、Nその他の管理者は、このような行動を一切とっていない。
厚生労働省作成の「職場における自殺の予防と対応」でも、「失そうし行方不明になった」ときに、家族に速やかに連絡を取るべき旨強調されている。
|