『控訴審・判決全文』 |
―判決(40頁・後7行〜50頁)― |
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エ 解雇の不安 オ 出張 カ 時間外労働及び休日労働 (3) また、そもそも勇士がうつ病を発症していたとの事実は極めて疑わしい。 (4) 次の事情によれば、勇士が東京都立大学を4年生の9月末で中退したのは、経済的困窮に起因するものであることが明らかである。 オ 勇士は、東京都立大学在学中、財団法人実吉奨学会から月額3万円、日本育英会から月額3万5000円の奨学金をそれぞれ貸与されていたが、これらの受給額のみでは勇士ひとりの学費及び生活費すらまかなうのは不可能であり、その当時のその他の収入等については一切明らかにされていない。 (5) 本件では、勇士が精神疾患を発症したことを示す医証が一切存しない上、勇士の生前を知る友人等の供述さえもなく、勇士の言動のほぼすべてが一審原告の供述及び陳述のみを根拠とする特殊な証拠構造となっている。 |
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一審被告ら又はその被用者の注意義務違反・安全配慮義務違反の有無(争点2) (1) 一審被告ニコンの被用者の注意義務違反 イ 夜勤・交替制勤務は、人間の生体リズムに反し、労働者の心身の健康を損なう危険性があることは周知の事実であるから、一審被告ニコンの管理職であるST及びKKとしては、勇士を夜勤・交替制勤務に従事させるに際して、勇士が心身の健康を損なうことがないように、夜勤回数を少なくし、夜勤中の勤務時間を少なくするなどして、過重な業務にならないように注意すべき義務があった。しかるに、ST及びKKは、この注意義務を怠り、平成9年12月15日から平成11年2月25日までの1年2か月余の期間にわたり、過重な交替制勤務を勇士にさせた。 ウ 夜勤・交替制勤務に従事している労働者に対して、夜勤以外の日においても時間外労働や休日労働をさせないように注意し、やむなくさせるとしても最小限にとどめ、過重な業務をさせないように配慮すべきであるにもかかわらず、ST及びKKは、勇士に対し、平成10年12月15日から平成11年2月25日までの間、過重な労働をさせた。 エ 36協定(丙1)上、勇士に関する時間外労働は、1日上限3時間とされ、休日には17時30分以降の労働が禁止されていたにもかかわらず、ST及びKKは、これに反して、勇士に時間外労働や休日労働を繰り返し行わせていた。 オ クリーンルームという精神医学的に過酷な作業環境における業務を命ずる場合には、心身への負担を軽減するための有効な措置を講ずべきであるのに、ST及びKKは、これを怠り、勇士に立ち続けの作業を命じ、快適な休憩室での休憩時間を確保せず、勇士の心身への負荷を一層増幅させた。 カ 派遣労働者を指揮監督するには、働く者の権利が侵害されることのないように配慮し、正規従業員との不当な差別的取扱いをしないよう注意すべき義務があるにもかかわらず、ST及びKKは、これを怠り、労働者派遣法の脱法行為を行い、正規従業員が休日を取得しているときに、勇士に対し、15日間連続長時間勤務を命ずるという差別的取扱いをし、また、勇士に解雇の不安を与え、心理的負荷を一層増幅させた。 キ 労働安全衛生法及び労働安全衛生規則で定められた健康診断を実施すべきであるのに、ST及びKKは、これを怠り、6か月に1回の特定業務従事者(深夜労働者)の健康診断も1年に1回の定期健康診断も勇士に対して実施せず、また、同人の心身の健康状態の把握を怠り、うつ病発症及び悪化に対する対策を取らなかった。この点、一審被告ニコンは、勇士に対し、雇入時健康診断以降も定期健康診断を実施していたと主張している。しかし、一審被告ニコンは、その健康診断書を一審被告アテストに送付したとするのみであり、他方、一審被告アテストは、労働安全衛生規則51条によって5年間の保存義務があるのに、熊谷営業所閉鎖の際に紛失したとして、結局、その健康診断書は本件訴訟には提出されていないから、一審被告ニコンの主張は認められない。 ク 平成11年2月23日及び24日に勇士が一審被告アテストに退職を申し出たことを遅くとも同年3月3日には聞いたのであるから、勇士の退職の自由を尊重すべきであったにもかかわらず、ST及びKKは、これを怠り、一審被告アテストに対し、同年4月15日まで勤務してもらいたい旨伝えるなどして、勇士の退職の申出を受け入れなかった。この結果、勇士の心理的負荷を一層増幅させた。 ケ 平成11年2月26日、勇士が無断欠勤した際、メンタルヘルスの観点から異常を察知して必要な措置を講ずるべきであったにもかかわらず、ST及びKKは、これを怠り、同年3月10日の遺体発見まで何らの有効な対策も取らなかった。 コ ST及びKKは、勇士を指揮監督していたのであるから、勇士が過重な業務に従事していることを認識し、その業務により心身の健康を損なう危険があることを予見することが可能であったのに、勇士の業務上の負担を軽減させるための措置、健康を保持するための施策、健康悪化を防ぐための施策を取らなかった。ST及びKKが必要な措置を取っていれば、勇士の死亡を回避することが可能であった。 サ 以上により、ST及びKKは、勇士の死亡に対し、それぞれ不法行為責任を負う。したがって、ST及びKKの使用者である一審被告ニコンは、勇士の死亡について、使用者責任を負う。 (2) 一審被告アテストの被用者の注意義務違反 イ 一審被告アテストが雇用する勇士を一審被告ニコンに派遣し、その指揮命令の下に置くのであるから、SH及びSNは、勇士の就労状況を日常的に把握し、勇士の業務がその健康を損なう危険があるときにはこれを事前に防止すべき義務があるにもかかわらず、これを怠り、勇士が過重な夜勤・交替制勤務に従事することを漫然と放置し、クリーンルームでの過酷な労働環境において勇士が従事し、また、36協定に反した時間外労働、休日労働、出張等の過重業務に従事することも放置し、一審被告ニコンに対する改善要請を含めて何らの改善措置を取らず、勇士の心身の健康の悪化をもたらした。 ウ 職業安定法、労働者派遣法に基づく適法な労働者派遣を行うべきにもかかわらず、SH及びSNは、これを怠り、業務請負契約という名目で実質的に労働者派遣を行うという脱法行為によって勇士の法的地位を不安定にし、その心理的負荷を一層増幅させた。 エ 労働安全衛生法及び労働安全衛生規則で定められた健康診断を実施すべきであるにもかかわらず、SH及びSNは、これを怠り、勇士に6か月に1回の特定業務従事者(深夜労働者)の健康診断も、1年に1回の定期健康診断も実施せず、勇士の心身の健康状態の把握を怠り、うつ病の発症及び悪化に対する対策を取らなかった。 オ SNは、平成11年1月ころから2月ころ、勇士の顔色が悪く疲れている様子であることを認識していたにもかかわらず、勇士の心身の健康を回復させるための措置を講じなかった。 カ SNは、平成11年2月23日及び24日に勇士から退職の申出を受けたにもかかわらず、これを速やかに受理せず、勇士の心理的負荷を増幅させた。 キ SNは、日常的に勇士の出勤状況を把握すべきにもかかわらず、これを怠り、勇士が平成11年2月26日以降無断欠勤したのを放置し、3月10日に一審原告からの問い合わせによって勇士の住居を訪問し、その遺体を発見するまで、何ら有効な対策を取らなかった。 ク SH及びSNは、勇士が過重な業務に従事していることを認識し、その業務により心身の健康を損なう危険があることを予見することができたのに、勇士の業務上の負担を軽減させるための措置、健康を保持するための施策及び健康悪化を防ぐための施策を取らなかった。SH及びSNが必要な対応をしていれば、勇士の死亡を回避することは可能であった。 ケ 以上により、SH及びSNは、勇士の死亡について不法行為責任を負う。したがって、SH及びSNの使用者である一審被告アテストは、勇士の死亡について使用者責任を負う。 (3) 一審被告らそれぞれの注意義務違反 |
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