『控訴審・判決全文』


―判決(110頁・後1行〜120頁)―


そして、この結果は、交替制勤務とうつとの程度との関係に関しては通常の昼間勤務に従事する労働者よりも交替制勤務に従事する労働者の方が重度のうつに苦しむ人が多いという報告と一致しており、様々なパターンの交替制勤務に従事する日本の男性労働者における不眠症及びうつ症状に関する調査によれば、交替制勤務自体が直接うつを引き起こすと解釈するよりは、むしろ、交替制勤務が直接引き起こすのは不眠症であり、そのような不眠症がうつ状態を引き起こしていると考える方がより自然であるといえるとしている。

オ 大阪樟蔭女子大学人間科学部夏目誠教授ら23名の共同研究者が平成15年3月に報告した平成14年度委託研究報告書「ストレス評価表の充実強化に関する研究」(甲139)によれば、次のとおりである。
 心理的負荷にかかわる労災認定基準に占めるストレス強度評価は、基準の中で重要な位置付けにあることなどから、判断指針の認定基準にあるもの以外のストレッサーに対して勤労者が感じる度合いを中心に、最近見られるストレッサーの強度を、全国規模で、業種が偏ることなく測定しようとした。

 調査方法としては、ストレス測定・ライフイベント法の専門家30名に最近の企業現場で多く見られるストレッサーからKJ法により分類し、91項目に絞り込み、これを東京や大阪、名古屋、福岡などにまたがる製造業、第3次産業を含む7社、2699名の勤労者を対象に、4段階で評価させた。
 その結果、ストレス強度は「嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」が最も強いストレッサーで、3.11を示した。次いで「給与が減少した」の3.08、「目標管理が達成されず給与が下がった」の3.07、「違法行為を強要された」の3.06、「顧客が無理な注文をした」の3.05、「職場で欠員補充がなかった」の3.00、「業務を1人で担当することになった」の2.97である。

カ 日本産業精神保健学会が平成16年3月にした平成15年度委託研究報告書「精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する研究」(甲108、192)によれば、次のとおりである。

(ア) 睡眠不足及び睡眠障害と精神疾患との関係についての文献調査と、日本の一般人口を対象に行った睡眠習慣と睡眠障害に関する疫学調査のデータ解析を行い、睡眠、睡眠不足一般が心身の不調に及ぼす影響を検討したところ、慢性的な不眠症はうつ病のリスクファクターとなることが分かった。
 また、労働条件などによる睡眠不足がうつ病のリスクファクターになるかについて、文献調査から直接的な因果関係を示すような研究結果は得られなかったが、交替勤務に従事した年数がうつ病発症の危険率を高めることは明らかになった。

このメカニズムとして、交替勤務を続けることによる身体的・精神的なストレス、家族関係や社会的交流の問題、疲労による身体疾患の合併などが介在することが指摘されている。交替勤務における心身の問題の中で、睡眠障害及び睡眠不足が最も頻度が高く、かつ長期間においても順応しにくいものである。この点から、交替勤務に伴う睡眠障害や睡眠不足がうつ病の直接のリスクとなり得る可能性も高いことが考えられた。交替勤務では一般の人たちが眠る夜の時間帯に仕事に従事し、夜間の仕事を終え翌朝から昼にかけて睡眠を取らなければならない。夜勤後の日中の睡眠は中断されやすく、持続が悪い。

夜勤後、昼間の睡眠が十分に取れないのは、体内時間が外界の明暗周期に同調しているため、体内時間の活動期(深部体温の高い時期)に睡眠を取ることになるからである。交替勤務性睡眠障害の本態は時差症候群と同様に、生物時計の発信する概日リズムと睡眠覚せいスケジュール脱同調によるものである。昼夜の明暗周期及びこれと同調関係にある概日リズムに逆らって生活することになるためである。このため眠ろうとする時間に、十分な長さの睡眠を確保できなかったり、睡眠の質的悪化が起こる。

こうした1日の睡眠量の不足や睡眠の質的低下から、勤務中の強い眠気、作業能率や集中力の低下、頭重感などが生じる。これは勤務中のヒューマンエラーや事故に影響し、さらに、睡眠不足を取り戻すために自由時間を睡眠に費やすことになり、生活の質を低下させる原因となる。交替勤務症候群になると、仕事をする時間帯に眠気が出現し注意力が低下するために作業能力も低下して、安全性にも影響が出る。このため余暇時間を睡眠不足を取り戻すために使わざるを得ないという場合が多い。これは社会的な問題、夫婦間にずれや家庭外での対人関係が狭まるなどを引き起こし得る。

 一般人口を対象とした疫学からは、不眠がやる気の低下、くよくよ、いらいらと共に多くの身体的愁訴と関連していることが明らかになった。自覚的な睡眠不足感は、精神的な愁訴のリスクファクターにはなっていたが、身体的訴えについては、不眠と比べ関連要因が少なかった。睡眠短縮(6時間未満)についても自覚的睡眠不足感と同様な結果であった。この結果から、一般人口に見られる慢性的な不眠、睡眠不足感、睡眠時間短縮は、身体的な不調感だけでなく、精神的な愁訴と強く関連することが明らかとなった。

 精神疾患発症と長時間残業との因果関係について考える場合に、自覚的睡眠不足感、睡眠時間短縮についての情報は必要不可欠と考えられる。実験的睡眠不足状態において、4時間睡眠を1週間にわたり続けると健常者においてコルチゾール分泌過剰状態がもたらされる(交感神経系の活動が活発になっていることを示す。)という実験結果もある。これらを総合すると、4―5時間睡眠が1週間以上続き、かつ自覚的な睡眠不足感が明らかな場合は精神疾患発症、特にうつ病発症の準備状態が形成されると考えることが可能と思われる。

(イ) 関東地区にある製造業従業員を対象に、労働時間の職業性ストレス、抑うつ度調査(SDS)及び睡眠時間の関係を調査したところ、1日の労働時間が長くなるに従い、SDS得点は上昇したが、月間労働時間及び月間拘束時間では一定した関連は認められなかった。自覚的な仕事の負担(量)、自覚的な仕事の負担(質)及び自覚的な身体的負担度について、1日の労働時間、月間拘束時間が長くなるに従い、それらの負担が大きくなっていることが示された。これらの仕事の負担や身体的負担と労働時間が相関関係にあることは矛盾しない結果と考えられる。

一方、職場の対人関係上のストレス、職場環境によるストレス及び自覚的な仕事の適性度といずれの労働時間指標とも関係が認められず、これらの要因は、労働時間と独立した職業性ストレス要因であることを示唆している。仕事の裁量度や技能の活用度は、1日の労働時間が10から11時間及び11から12時間の群が最も平均値が高く、ほぼ定時から1時間程度の時間外勤務に従事する労働者や、12時間以上の労働時間であるような極端な長時間勤務に従事する労働者は自らの業務の設計などの自由度が低いことが示されている。
 1日の労働時間が10時間を超えると睡眠時間が6時間以下の男性労働者が増加傾向を示し、1日の労働時間が11時間を超えると睡眠時間が5時間以下の男性労働者が増加傾向を示した。

(ウ) 労災認定された自殺既遂事案について長時間残業がどのような状況で行われているのか調査したところ、86%に月45時間以上の時間外労働が認められ、100時間以上の時間外労働は53%も見られた。自殺手段は縊死が圧倒的に多く55%を占め、自殺場所は自宅又は実家が最も多く26%であった。出来事からうつ病等の発病までの期間が1か月以内43%、2〜3か月18%で、全体の6割が3か月以内の発病であり(他方、この期間が7か月〜1年の者が10%、1年以上の者が6%あった。)、そのうち52%は月100時間以上の時間外労働をしていた。また、発病から死亡までの期間は3か月以内が71%(1か月以内が24%)を占め、そのうち52%が月100時間以上の時間外労働をしていた。出来事から6か月以内に自死に至った者は63%(1か月以内が16%、2〜3か月が20%)であり(他方、出来事から死亡までの期間が7か月〜1年の者が22%、1年以上の者が16%あった。)、その中で100時間以上の時間外労働に従事していた者が59%であった。なお、全体の67%は診療科を受診していなかった。

 精神症状として最も多いのは睡眠障害であり、ほとんどの例に不眠が見られることが明らかになった。100時間以上の時間外労働に特徴的症状としては、けん怠、疲弊、不安焦燥などの神経症症状に加え、精神症状としては悲観的見解を口にしたり、第三者からみて口数が少なく元気がなくなっているような症状が自殺後に周囲から確認されている。欠勤、失踪や精神病症状を伴う華々しい精神症状は100時間以上の時間外労働者には見られなかった。

 月の時間外労働時間が99時間以下の群(I群)と100時間以上の群(II群)との比較をしたところ(全体が51例のところ、I群が24例、II群が27例あり、またI群のうち45〜79時間のものが11例、80〜99時間のものが6例であった。)、II群は6か月以内に96%(1か月以内に44%)が発病しているのに対し、I群は71%(1か月以内に42%)が初病していた。共に発病から3か月以内に7割の者が自死に至っていたが、出来事から発病まではII群の方が期間が短いといえる傾向があるという結果が得られた(1か月以内がI群は42%、II群は44%、2〜3か月がI群は21%、II群は15%)。また、発病から死亡まで(1か月以内がI群は13%、II群は33%、2〜3か月がI群は58%、II群は37%)、出来事から死亡まで(1か月以内がI群は8%、II群は22%、2〜3か月がI群は17%、II群は22%)の期間についても同様であった。

(エ) 研究全体の総括として、長時間残業による睡眠不足が精神疾患発症に関連があることは疑う余地もなく、特に長時間残業が100時間を超えるとそれ以下の長時間残業よりも精神疾患発症が早まるとの結論が得られた。

(11) 判断指針は、次のような内容を含むものである。なお、判断指針作成の基礎となった「精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告書」(甲181、乙93)によれば、精神障害の成因を考えるに当たっては、「ストレス―ぜい弱性」理論(環境からくるストレスと個体側の反応性、ぜい弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方で、ストレスが非常に強ければ、個体側のぜい弱性が小さくても精神障害が起こるし、逆にぜい弱性が大きければ、ストレスが小さくても破綻が生ずる。)に依拠することが適当であるとされており、判断指針は、この理論を前提としたものであって、精神障害を考える場合、あらゆる場合にストレスとぜい弱性との両方を視野に入れて考えなければならず、その上、労災請求事案では、ストレスを業務に関連するストレスと業務以外のストレスを区別する必要があるという考え方が基本に置かれている。

ア 基本的考え方について
 労災請求事案の処理に当たっては、まず、精神障害の発病の有無等を明らかにした上で、業務による心理的負荷、業務以外の心理的負荷及び個体側要因の各事項について具体的に検討し、それらと当該労働者に発病した精神障害との関連性について総合的に判断する必要がある。

イ 対象疾病について
 判断指針で対象とする疾病は、原則としてICD-10第5章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害とする。

ウ 判断要件について
 次の(ア)、(イ)及び(ウ)の要件のいずれにも満たす精神障害は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱う。
(ア) 対象疾病に該当する精神障害を発病していること。
(イ) 対象疾病の発病前おおむね6か月間の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること。
(ウ) 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発病したとは認められないこと。

エ 判断要件の運用について
 労災請求事案における業務上外の判断は、まず、精神障害の発病の有無を明らかにし、業務による心理的負荷の強度の評価、業務以外の心理的負荷の強度の評価及び個体側要因の検討を行い、それらと当該精神障害の発病との関係について総合的に判断する。すなわち、<1>業務以外の心理的負荷、個体側要因が認められない場合で、業務による心理的負荷について「職場における心理的負荷評価表」(その内容は別紙1のとおりである。以下「評価表1」という。)の総合評価が「強」と認められるときは、業務起因性があると判断して差し支えない。

<2>業務以外の心理的負荷、個体側要因が認められる場合で、業務による心理的負荷について評価表1の総合評価が「強」と認められるときでも、上記(イ)及び(ウ)の要件をいずれをも満たすか否かについて判断する(業務以外の心理的負荷について「職務以外の心理的負荷評価表」[その内容は別紙2のとおりである。以下「評価表2」という。]による心理的負荷の強度「III」に該当する出来事がある場合でも、その心理的負荷が極端に大きかったり、その出来事が複数認められるなど業務以外の心理的負荷が精神障害の発病の有力な原因となったと認められる状況がなければ業務起因性があると判断して差し支えない。

個体側要因に問題が認められる場合には、精神障害の既往歴や生活史、アルコール等依存状況、性格傾向に顕著な問題が認められ、その内容、程度等から個体側要因が精神障害発病の有力な原因となったと認められる状況がなければ業務起因性があると判断して差し支えない。)。

(ア) 精神障害の判断等
a 精神障害の発病の有無、発病時期及び疾病名の判断に当たっては、ICD-10作成の専門家チームによる「臨床記述と診断ガイドライン」(以下「ICD-10診断ガイドライン」という。)に基づき、治療経過等の関係資料、家族、友人、職場の上司、同僚、部下等の関係者からの聴取内容、産業医の意見、業務の実態を示す資料、その他の情報から得られた事実関係により行う。
 なお、精神障害の治療歴のない事案については、関係者からの聴取内容等を偏りなく検討し、ICD-10診断ガイドラインに示されている診断基準を満たす事実が認められる場合、あるいはその事実が十分に確認できなくても種々の状況から診断項目に該当すると合理的に推定される場合には、当該疾患名の精神障害が発病したものとして取り扱う。

b 対象疾病のうち主として業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、ICD-10のF0からF4に分類される精神障害(F0が症状性を含む器質性精神障害、F1が精神作用物使用による精神及び行動の傷害、F2が精神分裂病(ママ)、分裂病型障害及び妄想性障害、F3が気分(感情)障害、F4が神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害)である。このうちF0及びF1に分類される精神障害については、他の認定基準等により、頭部外傷、脳血管障害、中枢神経変性疾患等器質性脳疾患の業務起因性を判断した上で、その併発疾病として認められるか否かを個別に判断する。

(イ) 業務による心理的負荷の強度の評価
 業務による心理的負荷の強度の評価に当たっては、当該心理的負荷の原因となった出来事及びその出来事に伴う変化等について総合的に検討する必要がある。そのため評価表1を指標として用いることとする。評価表1は、出来事及びその出来事に伴う変化等をより具体的かつ客観的に検討するため、<1>当該精神障害の発病に関与したと認められる出来事が、一般的にはどの程度の強さの心理的負荷と受け止められるかを判断する「(1)平均的な心理的負荷の強度」の欄、<2>出来事の個別の状況をしんしゃくし、その出来事の内容等に即して心理的負荷の強度を修正するための「(2)心理的負荷の強度を修正する視点」の欄、<3>出来事に伴う変化等はその後どの程度持続、拡大あるいは改善したかについて評価するための「(3)出来事に伴う変化等を検討する視点」の欄から構成されている。

 業務による心理的負荷の強度の評価は、まず<1>及び<2>により当該精神障害の発病に関与したと認められる出来事の強度が「I」、「II」、「III」のいずれに該当するかを評価する。なお、この心理的負荷の強度「I」は日常的に経験する心理的負荷で一般的に問題とならない程度の心理的負荷、心理的負荷の強度「III」は人生の中でまれに経験することもある強い心理的負荷、心理的負荷の強度「II」はその中間に位置する心理的負荷である。

 次に、<3>によりその出来事に伴う変化等に係る心理的負荷がどの程度過重であったかを評価する。その上で出来事の心理的負荷の強度及びその出来事に伴う変化等に係る心理的負荷の過重性を併せて総合評価(「弱」、「中」、「強」)することとするが、具体的には以下の手順により行う。
 なお、<2>及び<3>を検討するに当たっては、本人がその出来事及び出来事に伴う変化等を主観的にどう受け止めたかではなく、同種の労働者が一般的にどう受け止めるかという観点から検討されなければならない。ここで「同種の労働者」とは職種、職場における立場や経験等が類似する者をいう。

a 出来事の心理的負荷の評価
 精神障害発病前おおむね6か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があったのか、その出来事の心理的負荷の強度はどの程度と評価できるかについて、次の手順により検討を行う。
 まず、出来事の平均的な心理的負荷の強度の評価表1の「出来事の類型」に示した「具体的出来事」は、職場において通常起こり得る多種多様な出来事を一般化したものである。そのため、労災請求事案ごとに、発病前おおむね6か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる業務による出来事としてどのような出来事があったのかを具体的に把握し、その出来事が評価表1の(1)の欄のどの「具体的出来事」に該当するかを判断して平均的な心理的負荷の強度を「I」、「II」、「III」のいずれかに評価する。

なお、「具体的出来事」に合致しない場合には、どの「具体的出来事」に近いかを類推して評価する。
 次に、出来事の平均的な心理的負荷の強度の修正をする。この強度は、評価表1の(1)の欄により評価するが、その出来事の内容等によってはその強度を修正する必要が生じる。そのため、出来事の具体的内容、その他の状況等を把握した上で、評価表1の(2)に掲げる視点に基づいて、上記の方法により評価した「I」、「II」、「III」の位置付けを修正する必要はないかを検討する。


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