『控訴審・判決全文』


―判決(140頁・後6行〜150頁)―


(3) そして、これらのことに加えて、上記認定事実によれば、勇士の熊谷製作所における就労について次のことを指摘できる。
ア 派遣中の労働者の派遣就業に関しては、派遣先の事業のみを派遣中の労働者を使用する労働基準法(平成10年法律第112号による改正前のもの。以下同じ。)10条の事業とみなして、同法32条等の規定が適用され(労働者派遣法44条2項)、この場合、1か月単位の変形労働時間制を定める労働基準法32条の2の規定との関係では、派遣元の使用者が就業規則その他これに準ずるものにより同条に規定する変形労働時間制に関する定めをすることが派遣労働者に対するこの変形労働時間制適用の前提とされている。

そして、同条の規定が適用されるためには、単位期間内の各週、各日の所定労働時間を就業規則等において特定する必要があるものと解されるが(最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決・民集56巻2号361頁参照)、勇士の派遣元の使用者である一審被告アテストが提出した就業規則の定めは既に認定した内容にとどまりこの点の特定はなく、他にこの特定がされたことを認めるに足りる証拠はないから、結局、勇士に対して同条の規定の適用があると解することはできない。
  また、時間外及び休日の労働に関する同法36条の規定との関係では、派遣元の使用者が当該派遣元の事業の事業場との関係で同条に規定する協定(36協定)をし、これを行政官庁に届けることが派遣労働者に時間外又は休日の労働をさせることができる前提とされている(労働者派遣法42条2項参照)。

しかるに、勇士の派遣元の使用者である一審被告アテストが平成10年3月18日付けで熊谷労働基準監督署長に届け出た従業員代表との時間外労働及び休日労働に関する協定(36協定)は、製造装置の組立について、同年10月20日まで労働時間の延長及び休日労働を認めるものであって、ステッパーの一般検査を対象とするものではなく(勇士と一審被告アテストとの間で締結された雇用契約上、半導体製造装置の検査がその組立と区別されていることに照らしても、製造装置の「組立」にその検査が入ると解する余地はない。)、また、同年3月17日以前については所轄労働基準監督署長への36協定の届出があったとは認められず、同年10月21日以降については36協定の成立自体が認められない。

 これらによれば、一審被告ニコンが変形労働時間制によって勇士に労働させることはできず、また、時間外労働や休日労働をさせることもできないはずであるが、一審被告ニコンは、勇士を交替制勤務によって就業させ、また、勇士に時間外労働や休日労働を命じていたことを自認しているのであって、これらによれば、一審被告ニコンの指揮命令下での勇士の労働条件は法令の規制から外れた無規律なものであったといわざるを得ないし、勇士の労働者派遣に関し一審被告ニコンと一審被告アテストとの間でいかなる内容の契約が締結されたのか明らかにされていないことも併せると、一審被告ら間の契約は法令による規制をおよそ度外視した内容であって勇士はその内容に沿って就業していた疑いを否定できない。

イ また、勇士の労働条件についてこれまで説示したような疑問があるにもかかわらず、そもそも勇士の実労働時間について、これを明確に確定できるに足りる証拠資料が本件口頭弁論に現れていないことも不審である。一審被告ニコン従業員についてのタイムカード(乙6)が存することにかんがみても、勇士のタイムカード等が存する可能性が高いと考えられるのに(原審証人SNは、タイムカードのコピーによって勇士の労働時間を把握していた旨証言している。)、そうした証拠は見当たらず、勇士の労働時間の資料は、その書き込みの内容(平成10年7月等の分には手書きで「\832,300」等の金額が記載されたものがあるが、その金額等は給与振込口座通帳[甲48]の記載によって認められる当該月又は翌月に勇士が得た給料の金額[例えば、同月15日には27万4801円、同年8月14日には45万1515円がそれぞれ給与として振り込まれている。]と一致しない。」に照らして、

一審被告ニコンと一審被告アテストの間の契約に基づく一審被告アテストへの給付額を明らかにするための資料として一審被告ニコンから一審被告アテストに送付されたものである可能性が高い本件週報しかないところ(しかも、弁論の全趣旨によれば、本件週報は、一審原告の申立てによる一審被告アテストに対する証拠保全によって保全されたものを一審原告が書証として提出したものであることが認められる。なお、SNの報告書[丙5、6の1]には、平成11年4月
1日に、一審被告アテストから一審被告ニコンに対して勇士に関係する書類等を返却した旨の記載があり、そうすると、一審被告アテストが一審被告ニコンから勇士のタイムカードのコピーを得ていたとしても、この際に一審被告アテストから一審被告ニコンにまとめて返却された疑いがある。)、

一審被告らの間のこの契約がいかなるものであるかさえも明らかでないこと(そのため、一審被告アテストが一審被告ニコンから契約の対価として取得する給付がどのようにして定められるのかはおよそつまびらかではなく、仮に、これが勇士の業務に従事した時間によるものとされていたのだとしても、例えば、その始業後及び終業前の一定時間をカットしてその時間を算出するといった約定がされた可能性すら排除することはできないのである。)に照らせば、本件週報の記載は留保付きのものとして考えざるを得ない。

本件週報の出退勤時間の記載はカードリーダーへの打刻によって入退場登録をした時間がそのまま機械的に入力された結果をそのまま反映したものであるとしても(もっとも、このことを認めるに足りる証拠はない。)、上記認定事実によれば、深夜0時以降に退勤する場合には、カードリーダーへの打刻によるのではなく、守衛所にて退場時刻証明を受けることによるというのであり、その場合の退勤時間の正確性を担保する証拠はないから、結局のところ、本件週報に記載された内容として認めた出退勤時間が勇士の労働時間の上限を画するものと認めることはできない。

 加えて、労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるところ(最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)、上記認定事実によれば、勇士は、入場登録をする前にクラブハウスにあるロッカールームで作業着に着替えて、6号館の従業員出入口から6号館に入り、下駄箱にて室内履きに履き替えることを求められ、また、退場登録をした後に下駄箱で靴を履き替えた上で、クラブハウスに戻り、そこで作業着から着替えることを求められていたところ、

特段の事情もうかがえない以上、ロッカールームで作業着に着替えてから入場登録をするまでの間及び退場登録をしてからロッカールームに戻り着替えをするまでの間は一審被告ニコンの指揮命令下に置かれていたものと評価することができ、そうすると、本件週報の記載を前提としても、勇士の労働時間はそれらに必要とされた時間分は多かったはずであるが、この時間を確定するに足りる証拠のない(原審証人KKは、6号館からクラブハウスまでの移動は5分もあれば可能であると供述しているが、11万u近い南北に細長い長方形の熊谷製作所の敷地面積、形状やクラブハウス[同敷地の南西側にある。]と6号館[同敷地の北西角部分にある。]との位置関係にかんがみて、それ以上の時間を必要とした可能性もある。)。

 さらに、上記認定事実によれば、勇士が休憩時間にもクリーンルーム内にいたことがあるというのであり、これによれば、勇士は、一審被告ニコン従業員らが休憩している時間にも作業に従事していた可能性があり、この可能性を否定するに足りる証拠はない(OWの陳述書[乙55]には、昼休みにインターネットを利用するためにクリーンルームでパソコンをいじっていたのではないかとの記載があるが、これは同人の推測に基づくものであることがその記載から明らかである。)。そうすると、勇士は、一審被告ニコン従業員らが休憩を取っている間も作業に従事していた疑いをぬぐうことができない。

ウ さらに、勇士の自殺後、その寮である本件居室からステッパーの検査マニュアルや社内検査の記録、ソフト検査の検査報告、ソフト検査に関連する資料等が発見されたことは既に説示したとおりである。このことにかんがみれば、勇士は、本件居室にこれらを持ち帰り、恒常的に社内検査やソフト検査について検討するなどしていた可能性があり(しかも、既に説示したそれらの内容に照らせば、相当な期間そうしていた可能性があるというべきである。)、この可能性を否定するに足りる証拠は存しない。そうだとすると、勇士は、本来自由時間である終業後や休日も恒常的に業務に割いていた疑いをぬぐうことができない。

エ 加えて、一審被告ニコンは、平成10年3月以降の同年中に、勇士について10回にわたるシフト変更があったことを自認しており、上記認定事実によってもこれを認めることができるが、このように多数回にわたるシフト変更がその都度勇士の了解を得て行われたことを認めるに足りる証拠はない(KKの陳述書[乙49]には、勇士にシフト変更をお願いした旨の記載があるが、これによって勇士の了解を得たとまで認めることはできない。)。他方において、上記認定事実によれば、一審被告ニコン従業員の交替制勤務のシフトは就業規則によって定められたものであり(就業規則[乙7]には、交替制勤務者に対する就業時間割の変更に関する規定はなく[36条2項の規定の交替制勤務者に対する適用はそのただし書も含めて、同条4項によって排除されている。]、

その37条によれば、業務その他の都合によりやむを得ない場合にのみ労働時間の変更がされることとなっている。)、実際に一審被告ニコン従業員に対してこのような多数回にわたる柔軟なシフト変更が行われていたことの証拠は見当たらず(KKの陳述書[乙49]には、一審被告ニコン従業員のシフト変更も少なからずあった旨の記載があるが、その実態は全く明らかではないから、そもそもこれをこのことの証拠とすることはできないし、原審証人KKの供述によれば、同人が一審被告ニコン従業員についてシフト変更があったと陳述しているのは、顧客に製品を納入に行く際には顧客の事業所は昼勤態勢でやっているのが一般的だからそれに合わせて昼勤にシフト変更することになるとの趣旨をいうにすぎない可能性が高く、そうした場合以外に一審被告ニコン従業員のシフト変更が日常的に行われていたことを認めるに足りる証拠はない。)、

むしろ、勇士のシフト変更の回数が通常よりも多い旨原審証人OWが供述していることに照らして、法令の規制から外れた無規律な労働条件の下にあった勇士に対して、重点的に、その意向にかかわらず、一審被告ニコンの業務遂行上の都合からシフト変更が命じられた可能性があるというべきであり、これを否定するに足りる証拠はない。そして、そうしたことが行われていたとすれば、これにより勇士は相当な心理的負荷を継続的に受けたものと考えられる(労働時間の職業性ストレス等の調査によれば、職場の対人関係上のストレス、職場環境によるストレス及び自覚的な仕事の適正度の要因は、労働時間と独立した職業性ストレス要因であることが示唆されており、

また、判断指針の認定基準にあるもの以外のストレッサーの強度についての調査研究によれば、「嫌がらせ、いじめ又は暴行を受けた」場合のストレス強度が最も強く、また、「顧客が無理な注文をした」場合も上位5番目に強度が強いストレッサーであることは既に説示したとおりであり、これらによれば、上記のようなシフト変更が多数回行われていたとすれば、労働時間や夜勤の頻度がどのようであったかにかかわらず、勇士が継続的に相当な心理的負荷を受けていた可能性がある。一審被告ニコンは、勇士の勤務シフトの変更は夜勤から日勤に変更するものばかりであり夜勤頻度が減っていたから問題ないとの趣旨を主張しているが、この主張はこの観点から失当であるといわざるを得ない。)。

 また、一審被告ニコンによれば、勇士の平成10年12月2日から5日までの台湾への出張はソフトウエアのバグ取りのためであるともいうのであり(NK.Mの陳述書[乙79]にも、勇士のこの出張がソフトウエアのバグ取りを行うためのものであったと解し得る記載部分がある。)、とすると、勇士がバグ取り、すなわち、ソフトウエアの不良箇所の修正作業のために台湾出張を命じられた可能性があり、そうすると、これが一般検査を担当していたはずの勇士の本来業務ではないことは明らかであるから(一審被告ニコンが原審第2回口頭弁論期日に陳述した第6準備書面第3の3には、ソフト検査においてもデバッグすなわちバグ取りが行われていない旨の記載がある。)、勇士が本来業務ではない業務で出張までを命じられ、上に指摘したことと同様の観点から、心理的負荷を蓄積させた疑いがある(一審被告ニコンは、この出張に大きな負担はなかったとの趣旨の主張をしているが、以上の点から失当というべきである。)。

オ 勇士が自殺するまでの配属先は一貫してステッパーの社内検査を担当する成検係(組織変更後は第1成検係)であったこと、勇士は、平成11年1月11日ころから同年2月7日まで新型ステッパーARXB機のソフト検査の業務に従事し、その際、ソフト検査の経験のない者にはこなすことが難しいという動作確認や安全性確認の業務まで担当したこと、勇士が同月21日には社内検査の業務に従事したことは既に説示したとおりである。さらに、原審証人KKによれば、勇士は検査員としての技量が非常に高く、検査のリーダーからの信頼も厚かったというのであり、他方、原審証人OWによれば、その勇士がソフト検査をした当時、仕事の内容からしても勇士が休みを取ることができたはずであり、勇士も休みを取るはずだったのに、休みを取らずに15日間連続で勤務した理由は分からないというのである。

そして、これらに加え、勇士が一審被告ニコンの業務遂行上の都合によりその意向にかかわらず重点的にシフト変更を命じられていたことなどの疑いがある上(既に説示したとおりである。)、このソフト検査従事期間中においても勇士についてシフト変更が行われたことを一審被告ニコンが自認していることにかんがみれば、この新型ステッパーのソフト検査の業務は、第1成検係配属で一般検査の担当であった勇士がその意向にかかわらず一審被告ニコンの業務遂行上の都合から、担当外のソフト検査を兼務で担当するように命じられたものであり、その結果勇士が本来業務(一般検査)とそれ以外の業務(ソフト検査)とに兼務で従事して、心理的負荷を蓄積させた疑いが極めて強いというべきである

(原審証人KKの供述及びその陳述書[乙49]には、この業務はソフト検査の実習であり、勇士にベテラン検査員や技術部門等からノウハウや知識を吸収してもらうことがこの実習の目的であった、勇士はソフト検査に興味を示しソフト検査担当を希望しており、非常に高いスキルを持ち合わせていたので一般検査員の中からソフト検査員の研修生に選ばれて実習をしていた、勇士からこの実習をすることの同意も得ており、いやいや参加したということはない、この実習期間に一般検査の仕事を掛け持ちしたことはないなどという部分がある。

しかし、他方において、同証人によれば、この業務を行うについて勇士が15日間連続の勤務をしたことは製品の出荷期限から日程の都合上やむを得なかった、勇士のみが休日出勤してこの業務を行った日もあるというのであるから、そもそもこれが上記目的による実習であったというには相当な疑いがある。そして、原審証人OWは、実習とソフト検査担当になった場合の違いは、実習の場合はデータ取りをするだけであるが、ソフト検査担当になった場合、関係部署との打合せやソフトウエアのリリースの話合いなども行うことになり、また、実習の場合は先輩が指導員として指導してくれて、装置につくこともあり、装置につく場合には、検査報告書に名前が表示される旨供述している。

しかし、ARXB機の検査報告書[乙18]に勇士の氏名と共に記載されている検査担当員は、TU[乙第4号証及び弁論の全趣旨によれば、第1成検係社内検査リーダーのTU.Hのことである。勇士と同日に検査担当をした日数の合計は6日]とOW[同日数は1日]だけであるところ、同証人は、TUは一般検査のリーダーで新しいステッパーの勉強のためにソフト検査を担当したと供述しており、また、自身が勇士の指導員をしたことについては全く言及しておらず、むしろ勇士の実習について特定の指導者はいなかった旨供述している。その上、同証人は、一審被告ニコン訴訟代理人の実習であったとする前提に合わせた供述をするにとどまって勇士がソフト検査を担当したことが実習であったとは積極的に供述しておらず、

別途、その陳述書[乙55、丙10]において、勇士が第2成検係でソフト検査を始めたと陳述したり、また、勇士が一般検査に戻ったというよりもソフト検査の終了報告の前にいなくなってしまったという印象であるとの、単なるデータ取り以上の本格的な関与が期待されていたのに途中でその関与を止めてしまったとの趣旨とも解し得る陳述をしたりしているのである。そして、これらに、このソフト検査に従事した際に勇士が実際に担当した業務の内容に関する原審証人KKの供述内容に事実と異なるものが含まれていること[既に説示したとおりである。]を考え併せれば、容易には同証人の上記供述及び陳述を信用することはできず、むしろ、他に検査員の手当をすることができないといった状況下で[社内検査リーダーのTU.Hが担当外のソフト検査を担当したこともこのように考えれば不審ではない。

なお、HG.Kの陳述書[乙81]にはARXB機の社内立ち上げの時期で、そのために勇士に作業を手伝ってもらったとの記載部分があるが、この記載もこのような趣旨と解することができる。]、一審被告ニコンの製品の出荷期限の関係というその業務遂行上の都合から、検査員としての技量が非常に高く、検査のリーダーからの信頼も厚い勇士に対し、その意向にかかわらず、本来勇士が担当していた一般検査の仕事との兼務で[勇士がこの期間に従事した業務の全体がいかなるものであったかは判然としないところ、別途一般検査の仕事も行っていたと考えれば、勇士が休みを取らなかった点にOWの上記疑問が解消すると考えることができる。]、

経験のない者には本来こなせないとされるソフト検査を担当させ、これによって勇士が本来業務[一般検査]とそれ以外の業務[ソフト検査]とに兼務で従事したことによって、心理的負荷を蓄積させた疑いがあるというべきである。これに対し、勇士が進んでソフト検査を担当したというKKの供述及び陳述に関しては、これに沿うものとして、勇士がソフト検査担当は残業をすることができお金をかせげるからうれしいといっていたとの原審証人OWの供述及びその陳述書[乙55、丙10]の記載があるが、これらの間には、勇士がそのようの述べたとする時点の点でそこが認められる[原審供述では応援にきたときのあいさつで、乙第55号証では応援に来ることが決まったときに、丙第10号証ではソフト検査を始めたころにとされている。]。

そして、同証人の供述及び陳述が勇士の個人的事情や私的生活に関する部分については到底採用できないことは既に説示したとおりであることや、勇士の発言について供述をした際の同証人の態度[極めて説明的な供述態度を示し、また、単純な事柄であるのにいったんは要領を得なくなって供述を中断した。]を加味すれば、勇士の発言に関する同証人の上記供述及び陳述を採用することはできず、そうすると、他に裏付けもない以上、勇士がソフト検査を希望しており、進んでこれを担当したとのKKの上記記述及び陳述も採用することができないというべきである。)。


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